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これはHiragana Timesに掲載した過去の記事ですが、実際のマガジンではパラグラフごとに英語と日本語が交互に掲載され、漢字にはふりがながついています。 マガジンサンプル 定期購読案内へ

日本語を学ぶ過程で英語も上達

[2015年5月号掲載記事]

201505-8-1

フラート・バンタンさん

「外国人の友人たちとレストランにいると、店員が僕にだけ話しかけてくるようになります。確かに僕は日本語が話せますし、インドネシアの血を引いているので日本人にも見えるようですが、メッカで生まれ育ったサウジアラビア人ですよ」と、フラート・バンタンさんは完璧な発音で、ひょうきんに話します。「準備万端のバンタンです」とジョークも飛ばします。

サウジアラビアでは日本のアニメやゲームが青少年に大人気です。バンタンさんもそれで日本に興味を持つようになりました。「アラビア語には訳されていない日本のアニメやゲームを、英語字幕を頼りに見たりプレーしたりしていました。おかげで日本語に慣れましたし、英語辞書をよく引いたので英単語も覚えました」と笑います。

バンタンさんは高校卒業後、サウジアラビア政府の奨学金で留学できることになり、日本を選びました。「サウジアラビアでは、日本の車やエアコン、テレビ等がとても評価されています。そういう高い技術を学びたいという気持ちもありました」と言います。

来日したバンタンさんは大阪で日本語学校に通いました。「先生たちは、バンタン君はとても日本語が上手ですねと感心していましたが、聞き取りや発音、敬語ができたのはアニメで慣れていたからです」と謙遜します。1年後、難関大学の一つ、東京工業大学に入学しました。

大学で待ち受けていたのは、理系の専門用語がひんぱんに出てくる授業でした。「開くべき教科書もわからず、となりの日本人に『どの本ですか』と聞いて、あきれられました」とバンタンさん。それに授業や教科書は、日本の高校のカリキュラムで学んできた学生向けにできていました。「サウジアラビアの高校では教わらなかったことも、当然知っているものとして授業が進んでいきました」。

バンタンさんは授業にまったくついていけず、1年目は留年してしまいました。「死にたいと思うくらいつらかったですね。寮に同国の留学生がいたので、なぐさめ合って乗り切りました。やはり漢字は難しいです。アラビア語の文字は表音文字なので、読み方が何通りもある漢字にはとても苦労しました」と言います。

バンタンさんは英語で書かれた教科書を買って、日本語のものと読み比べながら勉強しました。「タイトルに『だれでもわかる』とか『for Dummies』(わからない人のための)とか書いてある、いちばん低いレベルから独学しました。英語も母語ではありませんから、内容を理解するのが大変でした。でも専門用語は英語と突き合わせているうちにわかるようになりました」。入学して1年半ほど経った頃から授業がわかるようになりました。4年生のときにはN1に合格しました。

日本の就職活動も経験しました。「日本の企業は日本人と同じ行動をすることを求めるので、リクルートスーツを着てカバンを持って、ですね」とおどけて言います。サウジアラビアからサルマン皇太子(当時)が来日したときには通訳を務めました。今は東京にあるサウジアラビアの政府機関で働いています。「サウジアラビアと日本の架け橋になりたい。そしていつかは起業するのが夢です。アラビア語を教える学校や、普通の学校、モスクなどを設立・運営するバンタン・グループを一生かけてつくりたいです」。

文:砂崎良


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