Language:
Hiragana Times | Facebook Hiragana Times | Twitter RSS

これはHiragana Timesに掲載した過去の記事ですが、実際のマガジンではパラグラフごとに英語と日本語が交互に掲載され、漢字にはふりがながついています。 マガジンサンプル 定期購読案内へ

日本語を学習してホテルで働く

[2013年12月号掲載記事]

201312-7-1

ウルゲンバヤルさん

東京ビジネスホテル(東京都新宿区)で働くウルゲンバヤルさんと劉思忱さんは、ともに中国出身です。ウルゲンバヤルさんは内モンゴル自治区赤峰市から来ました。劉さんは黒竜江省牡丹江市生まれです。

ウルゲンバヤルさんは2004年に来日しました。中国で大学を卒業した後2年ほど仕事を探したのですが見つかりませんでした。そこで経済大国の日本なら仕事があるかもしれないと考え、フフホトの日本語学校に半年通いました。遊牧民の両親も日本語の勉強に賛成してくれて、所有していた家畜の3分の1ほどを売り、お金を出してくれました。

来日後は1年間日本語学校で勉強し、その後拓殖大学国際開発学部に進学しました。専攻は日本文化と日本語です。学費だけでも年に80万円かかるので、経済的には大変でした。風呂トイレ共同の四畳半の部屋を借り、モンゴル系留学生の友達とシェアして、家賃を月2万2千円におさえるなど工夫をしました。

「居酒屋でバイトして生活費の足しにしました。先生はゆっくり話してくれますが、お客様は早口で聞き取るのが大変でした。敬語も難しかったです」とウルゲンバヤルさん。卒業後は、友達の父親である東京ビジネスホテル社長、橋本太乙さんが、ウルゲンバヤルさんの人柄を見込んで雇ってくれました。最初はフロントで働き、今はコックをしています。

「中国の田舎のほうは仕事がないですし環境汚染もひどいので、当分は日本で働きたいです。日本ではお給料もきちんと出ますし食べ物や水も安全ですから。でも最終的には帰国して、父の仕事を継ぎたいと思います」とウルゲンバヤルさんは話します。

201312-7-2

劉 思忱さん

劉さんは、高校時代に日本語を習ったのがきっかけで来日しました。「日本語と英語が必修でした。日本語の先生方は、ふだんはまじめなのにパーティーのときにはカラオケで盛りあげてくれました」と振り返ります。大学で日本語を専攻し、日系企業の通訳になりました。

しかし新卒だったので給料はあまりよくありませんでした。「それに日本人と働いて、日本語の勉強不足も感じました。それで2010年に来日して1年間語学学校に通い、それから武蔵野大学の大学院でビジネス日本語を勉強しました」と劉さんは話します。

留学の費用や月に10万円弱かかる生活費は、親からの仕送りとコンビニのバイト代で払いました。「最初は留学に賛成していた両親ですが、東日本大震災後は帰国を勧めるようになりました。でもそのときは大学院に合格した直後でしたし、卒業した後はもっと日本語をみがきたいと思ってこのホテルに就職しました。日本の生活は便利ですし」。

「最初は生でいやだと思っていた寿司が、今は大好きです。ラーメンにも一時期はまっていましたよ」と笑う劉さん。このホテルのフロントで働き始めてから、いつかお店かホテルを持ちたいと思うようになりました。「ある日、中国人のお客様が急病になったので一緒に病院へ行って通訳を務めたのです。するとお客様が大変喜ばれたので、私もうれしくなりました。将来も人を喜ばせる仕事をしたいです。日本と中国の架け橋にもなりたいですね」。

東京ビジネスホテル

文:砂崎良


Special Link

  • 東京ビジネスホテル | 新宿へチェックイン。明日へのゆとりを感じるロケーション。
  • Homestay in JAPAN!!
  • Internship in Japan
  • 英会話の先生探すサイト。個人家庭教師・外国人と英語プライベートレッスンは先生ナビドットコム。


PR