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[2015年4月号掲載記事]
201504-8
ネイト・シュリラさん
「先日、異業種交流会へ行って日本語でプレゼンをしたところ、名刺交換を希望する人が殺到して名刺がなくなってしまいました」とネイト・シュリラさんは流ちょうな日本語で言います。「就職活動をしたときも、日本語ができることで可能性が広がり、日本を代表するメガバンクからも声がかかりました。外国で就職するには、その国の言葉を話せることが大きな強みになります」。
シュリラさんはウィスコンシン州出身のアメリカ人です。「父は結婚前に、教会のボランティア活動で日本に住んだことがあり、思い出話をしたり簡単な日本語を教えてくれたりしました。それで私も日本に興味を持つようになって、中学・高校で日本語を選択しました」。大学に進学したシュリラさんは、お父さんと同じように教会のボランティアに志願して来日しました。
当初、シュリラさんはあまりにも日本語が聞き取れないことにショックを受けました。「最初の派遣先は山形県で、お年寄りの言うことがまったくわかりませんでした。後に山形には独特の方言があることを知ったのですが、当時は衝撃で、もっと日本語を勉強しなくてはと思いました。同時に、聞き取れないときはほほえんで『そうですか、そうですか』と言えば会話は成り立つことを学びましたね」と冗談を言います。
シュリラさんは毎日単語を10個、文法規則を2つ、漢字を5つ覚えることにしました。「市販のフラッシュカードを使いました。それから本を読みました。最初に読んだのは200ページくらいの本でしたが、150ページあたりから理解できるようになりました」と言います。
2年間のボランティアを終えて帰国したシュリラさんは大学に戻りました。そして日本語の授業を選択して、文法や日本語の表現の裏にある文化を学びました。「文法の授業のおかげで、日本滞在中に得た知識を体系的なものにできました。また、文化の理解はとても重要です。例えば『お疲れ様です』というあいさつは日本特有のものだと思います。相手がたくさん働いたことへの感謝やその疲れを思いやる気持ちがこもっていることを理解すると、どういうときに使われるかわかります」。
シュリラさんは大学4年のとき、N1を受けて合格しました。そしてJETプログラムに応募して再来日しました。「前回の来日で日本人のまじめさや勤勉さにふれて、日本が好きになったからです」と言います。「日本で働いている間には、直属の上司に嫌がらせをされて困った時期もありましたが、さらに上の上司に相談して乗り越えま
した」。
今、シュリラさんは東京のマーケティング会社で働いています。「自国語と日本語、そして何かのスキル、例えばプログラミングができるなどの技能があれば、今の東京には仕事を得る機会がたくさんありますよ」と言います。「私は今、秋葉原の魅力を海外へ発信するプロジェクト『Around Akiba』に携わっています。特に取材のとき、日本語ができてよかったと感じますね」。

文:砂崎良

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