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[2014年6月号掲載記事]
201406-4
注射器は、私たちの肌に直接ふれる医療機器です。注射器の多くは、薬剤などを入れる筒の部分と注射針でできています。この針を刺されるときにチクッとした痛みを感じるので、注射が苦手な人は多いようです。
ふだん健康な人が注射をするのは健康診断の採血か、インフルエンザなどの予防接種くらいでしょう。しかし、1型糖尿病という病気の子どもたちはインスリンという成分を1日に何回も、自分で注射しなければなりません。そのことを知ったテルモ株式会社、当時開発担当だった松野孝生さんは、なんとか痛みの少ない注射針を開発できないかと考えました。
松野さん達テルモの開発者には「痛みを減らすためには針を細くすればよい」ということがわかっていました。しかし、細くすればするほど、薬が通りにくくなってしまいます。そこで「針の形を『先端は細いが、根元は太い』設計にすれば、痛みを減らし、薬も通りやすくすることができる」という考えにたどり着きました。ところが、協力してくれる企業がなかなか見つかりません。
テルモの技術者たちは設計した針を形にしてくれる企業を探すために100社ほどに問い合わせたり、訪問したりしました。その結果、東京都墨田区にある町工場、岡野工業株式会社が引き受けてくれることになりました。通常の注射針は長いパイプを切って作ります。これに対して、岡野工業は一枚のステンレス板を一本一本、筒状に丸める方法を編み出しました。液がうまく流れるように、針の中もちゃんと磨き上げています。この加工方法は岡野工業にしかできません。
こうして、2005年に先端が33ゲージ(0.2ミリ)という、これまでどこの会社も手がけたことのない、世界で最も細い注射針「ナノパス」を開発。2012年にはさらに細い34ゲージ(0.18ミリ)を完成し、最も細い針の記録を自ら塗り替えることに成功しました。それを可能にしたのは、岡野工業のプレス加工技術とテルモの注射針の製造技術でした。
さらに、テルモは痛みを減らすために、針先を細くするだけでなく、針の先端部にも工夫しています。肌に針がふれた瞬間にもチクッとした痛みを感じることがないように、針の先端をとがらせるのではなく、先端を左右非対称にして刃面があたるようにしました。
1日に何回も注射しなければならない糖尿病患者の注射の数は、年間1,000回を超えます。ナノパスは、そのような患者の日々の身体的な痛みや精神的な苦痛を少しでも和らげるため、幅広く使われています。松野さんは「患者さんの苦痛が少しでも和らぎ、治療に役立つことができたら嬉しいです」と話します。
テルモ株式会社
文:伊藤公一

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