■ひらがなタイムズ・アーカイブ
今月のセレクション②
下位階級相撲取りの一日
140キロの体を浴衣に包み、真っ黒い髪を侍風のまげに結った金谷重輝は、よくいる24歳には見えないが、気魄力(「強い意志の力」の意味)の四股名を持つ相撲取りの一人だ。日本相撲協会(JSA)にはパワフルで体がとても大きい相撲取りが730人所属している。
相撲協会には6階級ある。朝青龍や高見盛などよく知られた力士は、幕内という最上位階級で戦う。幕内という言葉は江戸時代の慣習からきているといわれる。上位力士は仕切られた幕で隠され、観衆は取組が始まるまでの間見ることができなかった。気魄力は幕下という上から3階級目にいる。相撲のスーパースターの人生とは全く異なる生活を送っている。
幕内と十両の上位2階級だけに、100万円から240万円までの月給が支払われる。これらの基本収入に、懸賞金、個人的スポンサーや相撲協会より支払われる報奨金が加わる。一方、幕下は無給だ。宿泊費と食事代は彼らが属する「部屋」(彼らが宿泊する住居でもある)が支払う。しかしながら、彼らが使えるお金は、親方から毎月もらうほんの少しのお小遣いだけである。
元柔道選手だった気魄力は、相撲の本拠地である両国国技館から4キロのところにある大嶽部屋に属している。もともと大嶽部屋は32回の幕内優勝記録を持つ伝説の横綱、大鵬によって設立された。その部屋は、大鵬の娘婿(1990年代に活躍した貴闘力)に引き継がれた。「この方は私のヒーローです」と、気魄力は力説する。「親方は、私の故郷である大阪で幕内優勝して天皇賜杯を手にしたのです。私が相撲に入ったきっかけは親方です」。
昨年、気魄力は月給をもらう力士の付き人という特別な役割を果たした。彼の仕事は広範囲にわたった。ロシア人の巨漢、露鵬に飲み物を出す、稽古中に彼の背中を拭く、「場所」中は国技館まで露鵬の荷物を持ち運ぶ、使い走りをする、ロシア人の支援者の出迎えをする、とさまざまであった。その見返りに露鵬の懸賞金のいくらかをもらい、「場所」がないときに行う友達との飲み会で使うのが楽しみだった。
その後すぐ、2008年9月に気魄力の人生は完全に変わった。露鵬が相撲協会を解雇され、この若者が突然大嶽部屋の最上位の力士になってしまった。もはや懸賞金の分け前をもらうのを待ち望むこともなくなり、わずらわしい召使の仕事もなくなった。気魄力は相撲の階級を上る完璧な目標を持った。彼の取り口は飛躍的に向上し、2009年中に良い成績を残せば、月給は無給から100万円へ急上昇するだろう。勝ちが負けを上回れば昇進する。しかし、月給への魅力が幕下力士のやる気を起こさせ、競争は熾烈だ。
気魄力はぶくぶくと太っているように見えるが、他の相撲取りと同様に彼の体は鍛えられた筋肉でできあがっている。彼の腕の二頭筋は太く、腹はメディシンボール(医療用体操ボール)のような感じだ。日々の部屋の様子を次のように述べる。「『部屋』には8人の力士がおり、下位の者は5時半頃起きます。6時半から11時の間は稽古をして、その後に朝食を食べます。ちゃんこ(力士たちの料理として有名)が主食ですが、いろいろな種類の副菜も食べます。買い物リストを渡された下位力士たちは食材を買いにいかねばなりません。当番の組が台所へ行き、交代で『部屋』の食事を作ります。昼食の後は昼寝をし、読書、パチンコ、キャッチボールなどをして午後はくつろぎます。6時に夕食の支度をはじめ、7時に食べます」。
気魄力は体づくりに悩まされていない。「私が8年前に大嶽部屋に入門したとき、胃が痛くなるほどたくさん食べなければなりませんでしたが、慣れますよ。私には体重を増やす苦労はなかったですね」と、彼はふり返る。
彼の両親は、毎年3月に春場所が開催される大阪で焼き鳥屋を営んでいる。2009年気魄力は今までで最高の地位で、故郷に凱旋した。2010年には、無給と有給の間の大きな壁を飛び越え、関取となって故郷に錦を飾ることを彼は夢見ている。
文:クリス・グルド
(2009年7月号掲載記事)
題名:「武士道に従った朝青龍の引退決断」
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