日本をより理解するための傑作記事(ひらがなタイムズ誌面より)
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華やかに舞う女形の人生劇場、松井 誠

松井 誠さん

一人の美しい女性が舞台に登場すると、観客から拍手と共に大歓声があがる。そして、観客は次第にその美しさに魅せられていく。その美しい女性、実は男性。女形(女役に扮する男の役者)を演じ、現在、大衆演劇・商業演劇界をリードしているスター、松井誠である。

ステージは、人情時代劇と豪華絢爛なショーの二部構成。男性役も演じるが、女役になると自然な色気、艶のようなものが漂う。そんな松井さんの女形に惚れ込んで通うリピーターも多い。

現在は輝かしい舞台俳優として活躍しているが、ここへ上りつめるまでには人並み以上の苦労があった。松井さんは日本各地を旅回りする大衆演劇一座の子として、九州の、ある舞台の楽屋で産声をあげた。転校を繰り返していたため、常に座員たち大人に囲まれ、同世代の友達と遊ぶことがなかった。

彼はその環境に嫌気がさし、その生活から抜け出すため中学卒業と同時に、単身東京へ移った。ところが、世話をしてくれると知人に紹介された場所は、やくざの事務所だった。15歳でもその場所にいることの善し悪しは区別できる。正直に事情を話し、別の仕事を探してもらった。そこで紹介されたのが、新宿のホスト。

「何も知らずに東京へ来て、やくざにされるところでした。それに比べたら、ホストになる方がよかった」と当時を振り返る。しかし、若干15歳で女性相手に酒を飲みすぎ、わずか3〜4ヶ月後、胃潰瘍、十二指腸潰瘍を患い手術する。両親が、家出をした息子の元へ駆けつけることはなかった。

誰の手も借りず独りで立ち直った松井さんはホストへ復帰した。「そこで吹っ切れました。もうやるしかない」。松井さんは回想する。寂しさを紛らわしにやってくる女性客を相手に奮闘。客の指名争いによるホスト同士の闘争、客との複雑な人間関係など、危険な場面や修羅場をくぐり抜け、人気ホストとして頭角を現した。

そんな中、客に連れられて「屋根の上のバイオリン弾き」を観た松井さんは、洗練された大舞台にショックを受ける。九州で知っていた芝居とは全く違っていたのだ。「俺がやりたいのはこれだ!」劇団一座の子として生まれた血が騒いだ。一念発起した松井さんはホストを辞めて借金し、25歳でたった3人だけの劇団を旗揚げした。

踊りの基本、着物の着付け、化粧、巡業のいろは、すべて独学で我流だ。振付けやデザインの発想は溢れてくるという。劇団が最も苦労するのは観客の動員。全国各地に営業を展開し、観光ホテル、市民会館などを回った。信頼していた人からギャラを持ち逃げされるなど苦い体験もあったが、地道な努力が次第に実り、仕事が増えていった。

団員が学生や素人だったため、座長である松井誠のみが客の目当てであることはよくわかっていた。だからこそ松井さんは身を粉にして舞台に立ち続けた。見習う師匠を持たず、奈落の底から這い上がり、すべて自前で走り続けることは容易ではなかった。

劇団旗揚げの頃、結婚し子供を授かる。劇団の運営、芝居の稽古、家族、借金の返済……。様々な事柄が彼の肩にのしかかっていた。30歳前後のことだった。「人間関係や仕事、一番辛い時期でしたね。でもこの頃やホスト時代の経験が僕のベースになっている。その後は、すべてを乗り越えた新しい自分が作られてきました」と話す。

テレビや映画の人気に押され気味の演劇界を、「僕たちが守っていかなければならない。求められる限り、応えていきたい。そして、歌舞伎にもない、新派にもないオリジナルな女形を作っていきたい」と語る松井さん。大舞台に立つたたき上げ役者は、強くて柔らかい、爽快な空気を放っている。

松井誠ホームページ
www.makotooffice.com/

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