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| 激変する携帯業界で音楽アプリケーションを開発 シータ・ミュージック・テクノロジーズ 日本の主要都市を旅行すると、たくさんの人がiPodなどの携帯機器で好きな音楽を聞いている光景を見かけるだろう。ほとんどの大手携帯機器メーカーが音楽のダウンロード販売を行っていることはよく知られているが、日本の三大携帯電話通信会社でダウンロードサービスを最初に始めた会社の中に外国企業があることをご存知だろうか。 そればかりではなく、携帯ミュージックソフトウェア・プロダクションのシータ・ミュージックは、13ヶ国の26種類の携帯ミュージックサービスを開発し、運営している。社長のスティーブ・マイヤーズさんは、携帯電話のミュージックアプリケーション、また携帯用の音楽関連コンテンツサービス支援ソフトを開発していると説明する。 会社はどのようにして始まったのか。それはスティーブさんがオンラインで作曲の手助けをするソフトウエアをつくった1998年にさかのぼる。彼は自分が勤める経営者にソフトウェアを見せた。東京が拠点のその会社は、ヤマハやNTT-Xなどいくつかの会社とのライセンス契約に成功した。 それから、彼らは一連の幸運に恵まれた。この頃(2000年の中頃)、携帯や着メロが日本で爆発的に普及したのだ。シータ・ミュージックは、ヤマハなどの着メロプロバイダーと日本の携帯用ミキサー、コンポーザー、試聴用プレイヤーなどのアプリケーションを開発する契約を結んだ。数ヶ国でサービスを立ち上げた後の2003年に、独立した会社としてシータ・ミュージックが誕生した。一方、日本国内の市場では、他のミュージックコンテントプロバイダーの仕事を続けた。 2006年、シータ・ミュージックは日本で大きな一歩を踏み出した。日本で自らの着うたサービスを立ち上げ、最初にKDDI、そして、NTTドコモ、ソフトバンクに提供したのである。「3つの主要携帯電話通信会社のオフィシャル・ミュージック・プロバイダーに外国人として初めて認められました」とスティーブさんは話す。 シータ・ミュージックが直面した最大の問題とは何だったのだろうか。スティーブさんはこう説明する。「2002年から2006年にかけて、日本国外での携帯ミュージックダウンロードシステムに必要なバックエンドシステムやソフトウエアの開発をヤマハと契約していました。それぞれの携帯通信会社が独自のプラットフォームや仕様があるので、技術的に超えなければならない厳しいハードルがいくつかありました。違う言語や時差のある国の文化にも挑戦しなければなりませんでした」。 もう一つの試練はめまぐるしく変わる携帯コンテンツ産業についていくことだ。新しい仕様がすぐに発売されても、異なるタイプの音楽が流行ったり廃れたりすぐに入れ替わる。会社は数年間、着メロの波に乗っていたが、2006年に売上が減少し、突然新しい仕事を探さなければならなくなった。 「2008年、私たちは新しい音楽ゲームを開発する新しい分野に移りました。それは、プレイヤーの聴覚トレーニング、理論、パターン、楽器のビジュアル化などさまざまな音才(音楽的才能)を鍛えるものです。これが、これからの私たちが目指す方向です。これらの『エジュテイメント(教育+エンターテイメント)』のアプリケーション、特に、携帯音楽分野での可能性にとてもやりがいを感じます」とスティーブさんは語った。 シータ・ミュージック・テクノロジーズ 文:ジョナサン・ウォルシュ |
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