| 日本をもっと知る - ビジネス | |
| 「エスキモーに雪」を売って成功 株式会社マーケット・パイオニア・ジャパン およそ560万台もの自動販売機が日本中に置かれている状況で、自販機を扱う会社を立ち上げることは、エスキモーに雪を売ろうとすることと同じ論理だと思うに違いない。ブライアン・タヌラ氏の話はあなたの考えを変えるかもしれない。 タヌラ氏は、株式会社マーケット・パイオニア・ジャパン(MPJ)の創設者。最初はオスカー・ジャパンの名で個人事業者として1999年に創業した。その間タヌラ氏は英語教師をしていた。8年ぐらいが過ぎ、タヌラ氏は全国に1,500台もの自販機を動かし、主にステッカーやプリントロゴを販売する会社に育て上げた。 MPJ社は2010年までに全国に5万台の自販機を置くという目標に向かって 従業員を増やす計画をしている。そして、数百万ドルに拡大するニッチマーケットにタヌラ氏も一役買っている。一体タヌラ氏とMPJはどのように始めたのだろうか? 1994年、大阪の関西外国語大学の交換留学生として短い日本滞在を味わった後、タヌラ氏はアメリカへ戻り学業を終えた。それから「やりたいことを一時保留して」日本へ戻る方法を見い出した。ノヴァの英語講師を選んだのだ。 ノヴァへの就職は転機となった。「数ヶ月間大きな会社で働いた後、私にはボスはいらないと強く感じました。日々の仕事に対する規則、煩雑な事務、期限そして拘束などのすべてが、私を企業家への道に向かわせました。さらに、もっとお金を稼ぎたい、何か変わったことをして世界で有名になりたいという欲望が私にはありました」と、タヌラ氏は言う。 何か特別なことをしたいというタヌラ氏の欲望が、日本の自販機販売市場に進出する、初めての外国人経営の会社を設立させた。しかし、それは簡単な仕事ではなかった。「ゼロから始めた私は、次から次へと困難に見舞われました――お金、事務所あるいは倉庫、コネ、ビジネス経験すべてがなかったのです」と、タヌラ氏は言う。そして、これらのハードルを決断とハードワークで克服した。 「一般的に、やればできるという態度がすべてのハードルを乗り越えることにつながると思います。具体的に言えば、事業を始めるときや拡大するときにクレジットカードを使い、コネを築くために飛び込みで営業先を歩いて開拓し、計画を戦略的に考え、計画ができた時には大胆な行動をとりました」。 フルタイムの仕事を持つかたわらオスカー・ジャパンを設立したタヌラ氏の経験から、財政上のリスクで悩んでいる人々に、「お金のことで悩んでいるのなら、他で働きながら自分の会社を始めなさいと言いたいです。そうすれば、自分の希望どおりにものごとがいかなくても、始めから生きるための収入と安心は得られるからです」とタヌラ氏はアドバイスする。 「新しい仕事で得る収入が、以前の収入よりも多くなるか、あなたが望んでいた以上になったなら、もうやりたくない仕事はやめなさい」。ほとんどの人がすでに飽和状態になっていると思う市場で、タヌラ氏とMPJはそれが満杯ではなかったことを証明した。自分自身で成功した会社を作り上げた企業家からのアドバイスは確かなものだ。 株式会社マーケット・パイオニア・ジャパン |
|




