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| 福祉発明で弱者を救う大学教授 長崎大学工学部石松隆和教授 高齢化が進む日本では介護を必要とする人は増え続けている。その弱者は健常者には気づかない願望を持っている。たとえば、車椅子生活を余儀なくされたある主婦は、もう一度、外の景色を二階から眺めたいというささやかな望みをもっていた。しかし、その小さな夢さえも車椅子の生活者にはなかなかかなわない。障害者が車椅子で二階へあがることはとてもむずかしいことなのだ。 何とかそれを実現したい――。彼女は、長崎大学工学部の石松隆和教授にお願いした。先生は障害者や高齢者に夢と希望を与える発明に精力的に向き合い、推進している。試行錯誤を繰り返し、彼女のような人を助ける製品をついに完成させた。実験用の昇降機は一段ずつゆっくりと、しかし確実にのぼっていく。それを見た彼女の目は子供のように輝いた。何とも心温まる発明だ。 石松先生は学生の頃にロボット工学を学び、産業ロボットを開発する分野に進んだ。ある日、母親が亡くなった。重要な会議で東京へ出張する日だった。母の死を看取ってから出かけたが、機内で自問した。仕事と死を比べどちらが大切なのか。「自分は一体何をしているのだろう――」と。それが、福祉ロボット研究の始まりだった。 その後、長崎の医療関係者から「『長崎斜面研究会』を作りたいが、石松先生が研究しているロボットも役立ててもらえたら――」という話が持ち込まれた。長崎の街には坂道と階段が多い。障害者がリハビリ施設へ通うことが容易ではなく、だんだん通わなくなり、治る可能性が低くなるという。 石松先生の福祉発明は、「坂」だけにとどまらない。介護の人の手を借りなくとも、障害者だけで玄関のドアや窓を開閉できる自動装置や、言葉を発せなくとも身体の一部だけでも動けば、そこを使ってパソコンを操作し、意志を伝達できる装置などだ。難病の人も症状に合わせて対応が可能だという。 言葉を発することができないある寝たきりの患者には、かすかに動く手で胸元に吊るされたコンピューターと連動する文字版を指すことで、ベッドの脇に置かれたパソコン上で頼みたいことを伝えることができる装置を発明した。これにより、看病する奥さんと意志の疎通ができるようになり、奥さんが外にいるときには携帯電話を鳴らすことができるようになった。 どんな要請も見捨てない これらの福祉機器を依頼した人はどれだけの費用を支払うのだろうか。「行政からお金が出る場合には、患者は1割負担です。出ない場合には、材料費実費のみをいただいています。実費といっても本当にあまりかからないですよ。数千円か数万円の範囲です」。学生の教育の実験で貸し出すこともよくあるが、その場合には無料だ。 「患者さんの家族から『何とかしてください』という必死の要請に応えることにはやりがいを感じます」。石松先生はどんな依頼も見捨てない。動けなくなった人のもとを訪れ、一部でも動く部分を見つけて、その人だけのものをつくる。病状が進行すると、また出かけて調整する。外出を促し、精神面も気遣う。患者の枕元で歌うこともある。 「でも、患者さんの身体がまったく動かなくなり、私の役目が終わってしまうときが、この仕事で一番辛いことです」。石松先生は亡くなられると葬儀に参列し、死を悼む。「社会の善し悪しは、弱者がいかに幸せでいられるかではないでしょうか」。石松先生には温かい気持ちがあふれている。 「多くの発展途上国では高齢者が大事にされ、障害者は地域が支えています。日本もかつてはそうでしたが、いつのまにか自分中心の考えが主流の生活となっています。改めて社会で困っている人に目を向けて、そのような人々の生活の質をあげるように努力するべきだと思います。そのために高齢者や障害者のあり方を発展途上国から学ばなければなりません」と石松先生は淡々と語る。 石松先生のもとには、長崎県にとどまらず、全国から相談や要請の手紙が届いている。「要請が多すぎて対応が遅れがちですが、お断りはしません。各地のロボット研究者にお願いすることもありますが、そのほとんどに対応しようとしています」。これだけの偉業を成し遂げながら、偉ぶるところがまったくなく、どこまでも温和な人だ。 取材協力:谷川恭子 |
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