| 日本をもっと知る - 歴史 | |
| 義のためにのみ戦った戦国武将 上杉 謙信 群雄割拠する16世紀、日本では各地の有力武将が日本統一の野望をいだき、戦いが繰り広げられていた。そんな中、越後(現在の新潟県)の武将、上杉謙信(1530〜1578)は、戦上手で70回ほどの戦いでほとんど負けたことがなかった。しかし領土拡張など自らの野心のために戦ったことがなかった。謙信は信仰心が強く、戦を嫌った。その代わりに特産品の布地を作り、莫大な富を築いたのである。 敵に塩を送る 鉄砲隊をそろえた信長軍に対し、謙信は鉄砲が使えない雨の夜に攻撃を仕掛け、大勝利を収めた。しかし、信長追撃準備中の1578年謙信は病で他界し、時代は信長へと傾いた。謙信にまつわる逸話は多い。領地に海がない宿敵信玄に不足していた塩を送った話は有名だ。「敵に塩を送る」はことわざとなり、「苦境にある敵を助ける」という意味で今日も使われる。 信玄は死ぬ前に息子の勝頼に遺言した――「自分の亡き後は謙信を頼れ。謙信は義理がたく、人に頼られれば決して見捨てる事はない」と。一方、食事中に信玄の死を伝え聞いた謙信は、「惜しい男を亡くした」と箸を落として号泣したという。また、「今こそ武田攻めの好機」と口走る家臣には、「大人げない」と言い、聞き入れなかった。享年48歳。 |
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