日本をより理解するための傑作記事(ひらがなタイムズ誌面より)
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外国人宿泊客があふれる下町の家族旅館

澤の屋旅館主人 澤 功さん

東京はバラエティに富んだ街だ。新宿、渋谷、銀座、秋葉原、六本木など、それぞれの地域が個性を持っている。その一つが、「下町」と呼ばれる上野駅近くの谷中界隈だ。この一帯にはお寺や神社が多く、昔ながらの風情を残している。ここに小さな家族経営の旅館「澤の屋」がある。外国人観光客の間で最も知られた旅館だ。

12部屋しかないこの旅館に、年間5,000人から6,000人が宿泊する。宿泊客の9割は外国人で、その9割が欧米人だ。なぜこれほどまでに外国人が多いのだろうか。澤の屋の主人、澤功さんは「日本人の旅行形態が変わったことと関係ありますね」と語る。澤の屋は、奥さんの米子さんの母が1949年に創業した。

当初は、修学旅行客や団体客が主な収入源だったが、時代と共にその絶対数が減り、目的地も東京一辺倒ではなくなった。仕方なく、東京に出張してくるビジネス客に活路を求めた。しかし、高度成長で東京に本社ができるようになると、それも少なくなった。一方では交通が便利で個室のビジネスホテルがたくさんでき、澤の屋の客は減り続けた。

24あった部屋は12 に縮小し、その分をアパートにして、その収入で何とか生活をしのいだが、澤の屋の稼働率は50%ほどまで下がり、完全に赤字だった。従業員にも辞めてもらい、澤さんも第一ホテルの宴会場ヘルパーとして働いた。1982年7月には、ついにお客がゼロという日が3日も続いた。

澤さん夫妻は、外国人旅行客を受け入れて成功していた、ジャパニーズ・イン・グループの創立者、矢島氏に頼み、矢島旅館(新宿)を見学させてもらった。驚くことに、そこには外国人客があふれていたのだ。また、主人の矢島さんが話す英語は、夫妻が聞いても理解できる程度だった。「これなら自分たちにもできる」と、夫妻は外国人客の受け入れを決意した。

だが、さまざまな努力をしても外国人客はすぐには集まらなかった。お客がやってきても、外国のことは何も知らず、何の準備もしていなかったため、戸惑うことばかりだった。使用した後にお風呂の栓を抜いてしまう客、日本式のトイレでとんでもない使い方をする客、床の間に下駄を置く客、畳の上で洗濯物を乾かす客などがいたのだ。

これら文化や習慣の違いの対応に澤さんは疲れ果て、何度も止めようと思った。しかし、使用法の張り紙を出したり、トイレを西洋式に、また大きな風呂を個別にしたり、一つひとつ解決していった。その一方で、近所で行われるお祭りや盆踊り、餅つきなどのイベントに誘うなど、宿泊客に喜んでもらう努力を続けた。その結果、お客は徐々に増えていった。

何もしないことが最良のサービス
ハネムーンで日本に来たアメリカ人のトリシア・リーさんは、「ここは静かで、とてもリラックスできます。畳の部屋も好きだし、障子から入るやわらかい光も素敵だわ」と、満足気だ。澤の屋には友人の紹介やリピート客が多い。ドイツ人のウルスラ・ズーリッヒさんは、「メキシコ人の友人にすすめられました。清潔で快適です」と微笑む。

フランスの学生、デゴイス・エステレさんは、2005年に2週間泊まり、今年は8日間予約した。「ここは静かでフレンドリーで、自分の家にいる感じです」と、すっかりお気に入りだ。今年は町内の盆踊りにもゆかた(日本の夏用着物)を着て参加した。カツどんやうどん、ざるそばが大好きだという。すっかり日本に溶け込んでいる。澤さんは日本の父親といったところだ。

澤の屋の現在の稼働率は、実に9割を越すという。皮肉にも、日本人客が見放した、家族経営の小さな旅館形態、下町という立地条件が、外国人には大きな魅力となっているのである。下町には忘れられた人情がある。お互いにコミュニケーションを密にして、助け合いながら生きている。その飾り気のない生活そのものが、観光資源として活きている。

澤さんはこう語る。「私は、お客さんからいろいろなことを教えてもらいます。帰国したカナダ人のお客から、『一緒に日本へ行った息子が一番印象に残っているのは、澤さんの孫が幼稚園へ行くときバスに乗るシーンだと言っています』というメールをもらいました。お客さんが印象に残るのは、こちらが見せたいものではなく、日常の中にあることを知りました」。

さらに、「友達が外国人客に懐石料理など、日本的な料理を食べさせたましが、一番おいしかったのは街で買ったコロッケと言われたそうです」と続けた。澤さんは、自分がお客を喜ばそうと思ってやってきたことが必ずしもそうでもないことに気づいた。『本当のサービス』が何かを考えた澤さんは、お客の荷物を運ぶことや布団を敷きにお客の部屋に入ることをやめた。

澤の屋の成功は澤さんの情熱のほかに、温かいおおらかな人柄によるところが大きいように思える。澤さんは、澤の屋のノウハウと言うべきデータを各方面に提供している。(財)東京観光財団もそのデータをもとに分析している。「情報を発信すれば、情報は集まってきます」と澤さん。それを裏付けるように、マスコミからの取材は800回を超えたという。

功績が認められ、澤さんは国土交通省から「観光カリスマ」に任命された。澤の屋の集客能力を国レベルで活かしてもらうためだ。しかし、澤さんは澤の屋自体を大きくしようとは考えていない。澤の屋の最大の売り物が「家族旅館」であることを心得ているからだ。テレビのホームドラマを見ているような澤の屋物語はこれからも続く。

澤の屋旅館
Tel: +81-(0)3-3822-2251
http://www.sawanoya.com

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