日本をより理解するための傑作記事(ひらがなタイムズ誌面より)
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自由な生き方を求めて世界一周の旅

永崎裕麻さん

日本の若者の意識が、大きく変わりつつある。大学卒業後に公務員や一流企業への入社を望む若者は今でも少なくないが、そのようなレールに乗った人生を嫌い、自由な生き方を模索する若者が増えている。永崎裕麻さん(28歳)もその一人だ。

彼は世界一周にチャレンジしている。2005年1月から2006年1月まで、オーストラリアを皮切りに、ニュージーランドからチリに渡り、北上してカナダへ。そこから中東へ行き、イギリス、スペインを経由してモロッコに入り、アフリカを縦断して南アフリカへ。そこから、香港を経由して日本に帰国した。

しかし、これが旅の終わりではない。親を安心させるための一時帰国だ。今年の6月から3ヶ月間韓国へ行き、10月からの3ヶ月間はアジアを回り、世界青年の船にも参加したいという。彼を旅に駆り立てているものは何なのだろうか。「いろいろなものを見たいんです」と、彼は簡単に言う。

40数年前に日本人の若者が書いた世界一周旅行記「何でもみてやろう」(小田実著)が、大ベストセラーになった。当時の日本には外貨がなく海外旅行をできる若者は、留学生や特別な者に限られていた。それだけに、旅行記は若者の夢をかきたてた。しかし、それは今や単なる憧れではない。豊かになった日本人は、誰でも望めば実現できる。

永崎さんは大学卒業後大手銀行のシステムエンジニアとなったが、そのいきさつが面白い。永崎さんの当時の恋人は、永崎さんに会社に行って欲しくなかったという。「それで、自宅でできるコンピュータの仕事を探すことになったんです」と永崎さん。「しかし、入社を待たずに別れてしまいました」。

コンピュータの仕事をする必要がなくなってしまった永崎さんは、自分の将来を見つめ直していた。2003年にメキシコを旅していたとき、日本人の新婚旅行カップルに出会った。「二人は1年間を一人150万円で世界を回っていたんです。それなら自分もできると思いました」。永崎さんは3年間で旅行資金420万円を貯めた。

51カ国ではまだ少ない
これまで、永崎さんは51カ国を回り、さまざまな体験をした。「一番、驚いたのはエチオピアですね。『民族の博物館』といわれるだけあって、いろいろな人がいます。ムルシ族の女性は、お皿を下の唇で囲みますが、それがおしゃれで、大きいほどかわいいと思われています」と永崎さん。

「エチオピアは本当に貧しい国で、子供が外国人にいろんなものを売りに来るんです。バナナの皮、錆びた釘、使えない乾電池、石ころなど、まったく価値のないものです。でも、ボランティアの気持ちで、余った外国のコインと取り替えてあげました。一人ひとりから違うものをもらうようにしたので、子供たちは何を持ってきたらよいか考えるようになりました」。

「チリでは爆弾テロに間違われました。空港のロビーの椅子にリュックを鎖でつなぎ、その場を離れました。戻ってみると、椅子のまわりにロープがはられ、人々はその場を離れ、警察が重々しく見守っていました。誰も英語がわからず、僕はスペイン語でまくし立てられました。ただ、平謝りするばかりでした」と、永崎さんは笑う。

今、小学校へ出向き、このような体験を生徒に教える生の授業をすることもある。「生徒に『世界には200カ国もあるのに、51カ国では少ない』と言われました」。それが、永崎さんの再渡航を後押しする役割も果たしている。幸い、世界一周で使った費用は200万円で、まだ余裕がある。

永崎さんは、旅を通じて自分がやりたいことがだんだん明らかになってきたという。「将来はゲストハウスをしようと思っています。今、いろいろなゲストハウスを訪ね、調べています。すでに、そこでは交流もあると思いますが、私のゲストハウスでの交流はもっと活発にさせたいと思っています」と、目を輝かす。自らの旅行の経験が役立つに違いない。

「さまざまな人に出会い、人生はもっと自由でいいんだという気持ちになれました。今は、自由心のある人たちが周りに多くいるようになったので、閉塞感を直接感じることが少なくなったかもしれません。私のブログにも自由心のある人が集まっています」。永崎さんは「かわいい子には旅をさせろ」という日本の格言どおりの成長をしたようだ。

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