日本をより理解するための傑作記事(ひらがなタイムズ誌面より)
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青い目の歌舞伎解説者、エンターテイメント・スターインタビュアー

ジーン・ウィルスンさん

JR東日本の長野新幹線、成田エクスプレス、つくばエクスプレスの車内に流れる英語のアナウンスを何百万という人が、聞いたに違いない。しかし、その声の主を知る人はほとんどいないことは言うに及ばす、声の主が日本で面白い体験をしていることも知らない。声の主はイギリス人の女性、ジーン・ウィルスンさん。しかも彼女は、無数の乗客に降車案内をしているばかりではない。

「やってみなければ、できるかどうかわからない」
1980年に日本にやってきたジーンさんは、ほとんどの外国人が夢みるだけの、興味深く面白いさまざまな仕事を楽しんできた。大学で日本文化と英語を教え、歌舞伎の解説者、演劇評論家、日本の芸能界や文化についての執筆、有名なエンターテイメント・スターのインタビューなどの仕事をしている。

まだまだある。車内放送の吹き込み、日本航空の機内DJを三年間、英文法務書類などの校正、教会でのバイブル学習の先生、カラー・アナリスト、イメージ・コンサルタント、メークアップ・アーティストなどだ。

外国人の女性がどのようにして車内アナウンサーばかりでなく、日本の芸能界に入ることができたのだろうか。車内アナウンスの仕事を見つけたいきさつについて、ジーンさんはこう語る。「ナレーターとアクターのエージェンシーに入りました。クライアントが英国人女性の声を望んだので、エージェンシーはさまざまな声を送りましたが、私の声が選ばれたのです」

エンターテイメントへの参入はまったく異なる挑戦だった。「いくつかのチャンスがかさなったのです」とジーンさんは思い出す。「1983年アサヒ・イブニング・ニュースから芸能界についてのコラムを週に一度書いて欲しいとの依頼がありました。そのときは、自分がテレビで見たことや好きな演歌歌手のコンサートに行ったときに知ったことぐらいしか、芸能界についての知識はなかったのです。私の最初の反応は即座に辞退することでしたが、やってみなければ、できるかどうかわからないと思い、引き受けることにしました。まさか後に歌舞伎解説者になるとはそのときは思いもよりませんでした」。

同じ頃、日本の芸能界に特化した英語雑誌からライターの仕事の依頼があった。それは、スターへのインタビュー、演劇の評論も含むものだった。

彼女はどのようにして日本語を学んだのだろうか。「最初の年に日本語の基礎を学びました。その後の三年間は、誰も英語を話さないカラオケ・バーを見つけ、一週間に3〜4回ノートと辞書を持って通いました。バーのマスターが演歌歌手だった人で、彼から演歌を学びました。すべての歌詞をローマ字で書き写し、彼やお客さんと話して、また、歌を通じて日本語を学びました。私が気づかなかったことは、男言葉を覚えてしまったことです。そのことを指摘されたので、もっと女性らしく話せるようになるための日本語レッスンを受けました」。

2001年2月、ジーンさんは株式会社イヤホンガイドが主催するスペシャル・パーティに招待されたが、驚くことに、歌舞伎解説の仕事にスカウトされたのである。「パーティで、ベテラン解説者の一人に会い、私の経歴と日本の演劇に対する造詣を知ると、解説者に応募することをすすめられました。自分にその仕事をこなせるか非常に疑問に思いましたが、数年前にアサヒの仕事を決めたように、答えは一つしかないという結論に達しました。それは、やってみて結果を見るというものです。とても大変な仕事ですが、やってよかったと思います」。

「誰が誰に何をしているのかが分かりにくくなってしまうことがあります」
「解説者の仕事は、劇場のひいき客が演技を見ながら聞くことができるように、英語で解説することです」とジーンさんは説明する。芝居の背景を簡単に解説し、舞台で進行中の歴史、音楽、衣装、また、登場人物の言っていることなどを説明する。「私たちが歌舞伎役者と会えるのではと皆さん想像しますが、そんなことはありません。実際は、彼らに近づくことは許されていません」とジーンさん。

解説者の仕事はどんなものか、また、どんな問題があるのか。「台本は開演の1〜2週間前に届きます」とジーンさん。その時間が短いほど、仕事が終えるまでプレッシャーがかかります。最初に台本を読みます。翻訳では難しい漢字や言い回しがあり、多くの芝居には仏教にかかわる複雑な内容が含まれています。仏教の内容は説明が難しいですね。特に日本の古典には、あいまいさがあり、誰が誰に何をしているのか分かりにくくなってしまうことがあります」。

次にすることは解説を書き、各解説をどこで言うかを決め、その解説が使われるかを劇場の日本人オペレータにわかるように、台本に印をつけることだ。「いいタイミングを選ぶことと、言いすぎや少なすぎのバランスを保つことにはやりがいがあります。解説が終わると、スタジオに行き、吹き込みます」。これで終了! いや、まだある。

録音後、芝居の衣装あわせに行き、自分自身の解説を聞き、タイミングが合っているか、チェックする。「解説が長すぎて、カットすることもあります」とジーンさん。「プロデューサーや俳優が、切ったり、変えたり、加えたりもします。それで、私は新しい解説を書き、戻って録音をし直します。日本人の名前が大きな問題を引き起こすともあります。以前リハーサルで、プロデューサーが主役の名前の読み方を変えたことがあり、台本のほとんどを吹き込み直したこともありました」。

「最後は、初日に劇場へ行き、再チェックし、さらに調整します。俳優は観客の前では間や演技スタイルを変えることがよくあります。また、お客さんの拍手や突然の笑い声で解説が聞きづらくなることもあります。リスナーにはできる限り、日本人の観客と同じように楽しんでもらいたいのですが、いつも可能というわけではありません。俳優のアドリブが毎日変わったり、あるいは単純にそれらを説明する時間がなかったりするからです」。

その後、日本人のオペレータは毎日、生の演技に解説をあわせる。新たな問題は電話で話し合ったり、彼女が再び劇場へ行ったりする。「この仕事にはとても時間がかかります。『好きだからやれる仕事』という言い方が一番適切でしょう」。

歌舞伎を見て、何が得られるのだろうか。「官能的な豪華なショーです」とジーンさん。「特に、舞台セット、衣装の色、サウンド(役者からの言い回しから、ミュージシャンが時々発する驚きやうろたえの声や奇妙な物音、楽器、太鼓、どら、役者に声援を送る観客からの高い大声まで)がすばらしいですね」。

「歌舞伎にはまる一番いい方法は、好きな俳優を見つけ、出演する芝居をすべて見に行くことです。そのようにすれば歌舞伎の世界――古典や歴史の出し物の義務と犠牲との道義的な板ばさみ、商人、やくざ、女郎がからむ江戸時代の愛と復讐の物語、モダンな演出の新しいタイプの歌舞伎やたくさんの踊りなど――を堪能できるでしょう。何を見ても、日本文化への理解を深め、あなたに感動を与えてくれるはずです」。

トップは孤独
歌舞伎のほかに、ジーンさんは多くの有名人をインタビューしたり記事を書いたりする。これまで、五木ひろし、氷川きよし、小林幸子、西条秀樹、山川豊、鳥羽一郎、八代亜紀、ジュディ・オングなどの歌手、松井誠、松平健、高橋英樹、ケイン・コスギなどの俳優にインタビューをした。

芸能界や歌舞伎の世界での仕事を通じて、ジーンさんはこれらの人々や日本文化についての興味深いことをたくさん学んだ。「芸能界で働く人のほとんどが一生懸命に働いていることに感動し、影響を受けました。表面的にはすべてを簡単にやっているように見えますが、見えないところでは、どれほどの練習やリハーサルをしたかを私は見てきました」。

「西洋人にとって日本で最もむずかしいことの一つは、本音と建前を、どう扱うかだと思います。それは、もちろん、西洋にもありますが、日本ほどではありません。スターのインタビューでは、彼らの答えが必ずしも彼らの思っていることではないことを知りました。本当の意見ではなく、用意された応答をされると苛立ちます。彼らの本音を引き出そうとしますが、うまくいくとは限りません」。

「スターが一般的なイメージとは全く違うことも多いですし、積極的とは限りません。失望させられることもあるので、私は今、本当に好きなスターに会うことに少し神経質になっています。多くのスターは毎日たくさんの人の前で大胆に演技しますが、一人のときは極端に恥ずかしがりやです。また、仕事以外のことでコミュニケーションをはかろうとすると大変です」。

「スターがその分野のエキスパートであるとは限りません。たとえば、ほとんどの演歌歌手は、演歌の歴史やルーツをあまり知らないことがわかりました」。

「特に好きなわけでもなく、単に仕事としてやっているスターもいます。これは驚きでした。ある歌手は、プロダクションに言われて演歌を歌いましたが、特に演歌が好きだったわけではありません。仕事として演じている歌舞伎役者も知っています。彼らは歌舞伎一家に生まれましたが、自分でその仕事を選んだわけではないのです」。

「最後に、トップはとても孤独だということを知りました。有名になればなるほど、仕事は増えますが、人を信用しなくなります。知名度や影響力があるために、自分と親しくなろうとしているのではないかと、いつも疑いをもっています」

日本での出来事のハイライトは、ジーンさんの大好きな演歌歌手の五木ひろしさんから、彼の海外公演への同行、英語の歌のコーチ、通訳を頼まれたときだという。「私は、ファンから、スタッフ、そして友達になりました」。他に嬉しかったことは、最初に任された歌舞伎解説が彼女の好きな俳優のものだと分かったときだという。

株式会社イヤホンガイド
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