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| バブル経済に翻弄された 「プラチナ夫人」 日本トルコ友好協会会長 唐木比子さん 15年前、バブル経済が崩壊し日本は大不況時代に突入した。最近は回復の兆しがみえてきたが、善良な多くの日本人がこの不況の波に飲み込まれ、いまだに取り残されたままでいる。そして、彼らはそこから脱出しようと懸命に努力している。日本トルコ友好協会会長の唐木比子さんも、その一人だ。 オザル大統領からの協力依頼 だが、開業医だった唐木さんの夫は1981年に突然、心筋梗塞で死去してしまった。残された唐木さんと娘二人が引き継ぐわけにはいかず、病院を閉鎖し、一室1億数千万円もする東京の一等地、神宮前のマンションを現金で購入した。唐木さんは当時をこう振り返る。「バブル経済がはじまり、マンションが瞬く間に14億円にも値上がりしました」。美貌で上品な衣装を着こなす唐木さんは「プラチナ夫人」と呼ばれ、その優雅な生活は続いた。 そんな折り、知り合いだったアルク在日トルコ大使から電話があった。トルコでは多くの女性が乳がんになっており、その予防や治療に政府は頭を痛めていた。それで、乳房専用レントゲン撮影機を日本から提供してもらえないかと打診された。大使からトルコに行って欲しいとの依頼があり、唐木さんは、セルマ・オザル大統領夫人に会い、正式な依頼を受けたのである。 ボランティア精神あふれる医師の妻として、使命感を感じた唐木さんはその依頼を引き受けた。そして、大学病院の友人に声をかけ、中古の撮影機器を入手できることになった。だが、輸送代の工面がつかず、その使命を果たすことができなかった。 日本トルコ友好協会を設立 協会は、トルコ画家の絵画展、1999年のトルコ大地震の際には募金活動、また、毎年イスタンブールで開催される「国際児童フェスティバル」への参加など、精力的に行ってきた。国際児童フェスティバルへは今年、子供剣士6人が参加したが、航空運賃は協会もちだ。これらの費用の多くは友人と協力をして負担してきた。唐木さんは5人のトルコ大使のもとでさまざまな活動を続けてきた。最近、美しい女性のソマルド・ウナイドウン大使が来日したが、唐木さんは大使との交流を通じて信頼関係を築き、活動している。 一方、夫が亡くなった後、銀行の支店長が毎日のように唐木さんを訪れた。銀行は、このままだと娘さんへの相続が大変になるからと、4億6千万円を借入れて保険に入るようにすすめた。借金すれば、資産と相殺して相続でき、相続税がかからないメリットがあると説明した。その保険の元金はいずれ戻り、保険の運用金で借入金の利息が払えるから損はないというものだった。唐木さんは、熱心に心配してくれる銀行に感謝した。 ところが、バブル経済が崩壊すると、資産は絶頂期の10分の1にまで減った。保険の利回りでは借金の利息が返せなくなると、銀行は神宮前のマンションを担保にとり、さらに娘二人まで保証人にした。親切だと思っていた銀行は一変して、厳しい条件を次々に突きつけてきた。「私が無知だったんです。結局だまされたのも同然です。娘は私のことを『お母さんは爆弾をかかえているようだ』と言いました。いつか私が破産させられ、自分たちも巻き添えになると思ったんでしょうね」と唐木さんはしみじみと語る。 イギリスへ嫁いだ娘に伝えたい想い 苦境に立たされた唐木さんは、ストレスや悩みで不安に陥ることがしはしばあるという。駅の階段からころげ落ち、失神したこともあった。「一人だと不安ですし、電車に乗らずできるだけ歩くようにしています。疲れることですぐに眠れるんです」と、唐木さんは不安回避の術を身につけた。今では、弱者の気持ちがよく理解できるという。唐木さんは路上のホームレスの人に、タオルや読み終わった本を、彼らがいないときにそっと置いてくる。「お金のある人からみれば、彼らは怠け者と見えるかもしれませんが、多くの人が無情な社会の犠牲者なのです」。 ホームレスの人たちを見下す人たちも、ひとたび会社が倒産すれば同様の生活が待っているかもしれないのだ。今、大手企業は空前の利益を上げている。その裏では、何十万人という人がリストラされ、また、これらの企業から切られた下請け企業の社員は、悲惨な生活を送っている。バブル経済の張本人で、一時大量の不良債権を抱えていた大手銀行は、国から巨額の公的資金を受け、莫大な利益を出すまでに回復した。一方では、唐木さんのような善良な多くの市民は犠牲になったままだ。彼らは無言のまま、救済のない不条理な仕打ちに堪えている。 「一番大切なのは心の持ち方だと思います。お金がたくさんあったときには、私もお金で人を判断していたと思います。今は、人がはっきりと見えます。人のやさしさも、また、その限界も。私はプラス志向で厳しい戦いを乗り越えてきました。娘二人もよく頑張ってくれて、感謝しています」。唐木さんは、今、日本トルコ友好協会に情熱を注いでいる。「これは私の生きがいです。15年間続けてきて本当によかったと思います」。唐木さんは、美容と健康に気づかい、常に若さと美しさを保っている。そして今、強い女性として新たなチャレンジを開始した。二人の娘に、元気であることを伝えたいために。 |
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