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日本のプロ野球の歴史を変えたホームラン王

王貞治

日本では野球がサッカー以上に人気がある。10月はプロ野球の日本一を決める日本シリーズが行われ、日本中が熱狂する。かつて日本のプロ野球には偉大な一塁手のホームランバッターがいた。その名は、王貞治。現ソフトバンク・ホークスの監督である。王は868本のホームランの世界記録を持つ。この他に、シーズン日本最多タイの55 本、4 打席連続ホームラン、ホームラン王15回とホームランのほとんどの記録を持っている。しかも、首位打だ者5回、打点王13回、三冠王2回、MVP9回も受賞した。まさに、日本プロ野球史上、最強の打者だ。

王は台湾人の父と日本人の母との間に生まれた。高校時代はピッチャーで、4番バッター。1957年春の選抜高校野球では優勝投手となった。1959年、読売ジャイアンツ(通称・巨人)に入団。背番号は「1」。当時の巨人の水原茂監督はバッターとしての道を歩むことをすすめた。しかし、それは険しいものだった。デビューから26打席無安打で、27打席目にようやくヒットを打った。それは王の未来を象徴するように、ホームランだった。

しかし、王はその後目覚ましい活躍をしたわけではない。それでも水原監督は、王の素質を信じて使い続けた。王の父親は生前に「今日の貞治があるのは水原先生のお陰です」と、水原監督への感謝を忘れなかった。低迷は翌年も、その次の年も続いた。王が真価を発揮したのは巨人入団4年目のことだった。そのきっかけとなったのは、野球の恩師、荒川博氏を打撃コーチとして巨人軍が招いたときだ。

ユニークな「一本足打法」完成へ、大特訓
王が荒川氏と最初に出会ったのは、王が中学生のときだ。川原で草野球をしていた王をたまたま見た荒川氏(当時プロ野球選手)は、王の素質を見ぬいた。打ちかたをアドバイスすると、王はすぐにホームランを打った。その荒川氏が王を指導することになったのである。荒川は飛距離を伸ばすために、「一本足打法」(フラミンゴ打法)を教えた。普通は打つ前に2本足で構えるが、1本足で構えて打つ打法である。王は一本足打法をマスターするために、毎夜、部屋の中で特訓を受けた。畳が擦り切れるほどの猛練習が続いた。

その努力が実り、入団4年目に38本のホームランを打ち、ついにホームラン王となった。それは、今も語り継がれる史上最強打者コンビ「ON砲」の誕生でもあった。Oは王の、Nは長島の頭文字から取ったものだ。王が入団する前年の1958年、東京六大学のホームラン王、長島茂雄は入団以来、大活躍し、日本中が長島フィーバーで沸いていた。そこに王が加わったのである。この二人の活躍で、巨人は9年連続日本一の偉業を成し遂げた。この記録は、メジャーリーグも含めて、おそらく100年以上も敗られないだろう。

1977 年、王はついにメジャーリーグ歴代1位の記録、アメリカのハンク・アーロンの755本を抜いた。その栄誉をたたえ、日本政府は王に国民栄誉賞を贈った。1980 年に現役引退。

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