日本をより理解するための傑作記事(ひらがなタイムズ誌面より)
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古代史を彩るミステリアスな女王

卑弥呼

日本では代々天皇は男性と決まっている。2001年に徳仁・雅子皇太子ご夫妻に待望の第一子が誕生したが、女の子だった。それで今、日本でも女性が天皇になれる法案作りが検討されている。

日本にもかつては女王が存在していた。中でも、卑弥呼(175?〜248)は古代日本史を彩るミステリアスな女王として、日本人の歴史ロマンをかきたててきた。卑弥呼が登場するのは中国の歴史書、通称「魏志倭人伝」だ。ここには次のようなことが記されている。

倭国は100あまりの国に分かれていたが、国内が乱れ、戦争が何年も続いた。それで諸国は共同で卑弥呼という女性を王とした。呪術を行い、多くの人がその占いを信じていた。年はとっていたが独身で、弟が補佐して政治を行っていた…(この後、女王卑弥呼の住む都、邪馬台国への道のりの説明が続く)…卑弥呼が亡くなり、大きな墓が造られた。その後男の王を立てたが、国中がこれに従わず、互いに殺し合い、1,000人あまりが死んだ。そのため卑弥呼の一族の壱与という13歳の女子を女王とし、国中がようやく静まった。

邪馬台国はどこに? 卑弥呼は誰?
日本では昔から、卑弥呼の邪馬台国がどこにあったかという論争と、卑弥呼が誰なのかという謎解きが、日本人の歴史ファンを熱狂させてきた。邪馬台国探しはアトランティス大陸探しの、そして卑弥呼の謎解きはモナリザの謎解きの興奮と類似しているといえるだろう。

魏志倭人伝には韓国から邪馬台国への道のりが記されているが、その通りに進むと海上に出てしまう。そこで、道のりにさまざまな解釈がなされている。南と記された方角が誤りで、東とすれば、その後に日本の都となる大和地方(現在の奈良)にたどり着く。これは近畿説として知られている。逆に方向は正しく、距離の記載が誤りとすれば、神話の舞台の日向などをその地とする九州説となる。この二つの有力な説の他にも、諸説がある。

近畿説の有力な手がかりとなっているものに、卑弥呼が魏からもらった100枚の鏡(三角神獣鏡と呼ばれるもの)がある。それらの鏡は近畿地方ではたくさん見つかっているが、その時代の鏡は九州ではほとんど出土していない。一方、九州説は卑弥呼が日本最古の書物、古事記に記されている天照大神(天皇家の祖先とされる)という見方が強い。

古事記は八世紀に編纂された日本の歴史書で、その後に編纂された日本書紀とともに、日本の古代を知る手がかりとして、貴重な本となっている。「記紀」と略されることが多いこの二冊には、天皇家を中心とした歴史が主に記されている。神話の部分もあるが、これらは、天皇が正当性のある統治者であることを打ち出すために、天皇家の祖先を神として編纂したと考えられている。

しかし、最近は神話が見直され始めている。ホメロスの詩のトロイのように、世界史的に見ても、実際に起きた事例を伝えた神話が少なくないからだ。「記紀」の神話部分には九州地方や出雲地方の地名などが具体的に記されている。「記紀」も古代に起きた何らかの史実を伝えている可能性が高いと見られるようになった。

古事記に登場する神話には、魏志倭人伝の卑弥呼を想像させる記述があり、また、天照大神の子孫の神武天皇(日本の初代天皇とされるが、架空の天皇という説が強い)が東征した物語など、史実とも符号する点が多い。魏志倭人伝に登場後、邪馬台国の名は突如として歴史から消え、代わって大和朝廷が登場してくる。九州にあった邪馬台国が後に大和政権になったという九州説にも信憑性がでてくる。

新井白石、本居宣長、松本清張など、時代を超えて日本の学者や小説家が、卑弥呼と邪馬台国の魅力のとりこになり、その謎解きに挑戦してきた。だが、今もなおその謎は解けていない。

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