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| 日本の平和憲法が変わる!? 5月3日は憲法記念日。日本は休日となる。日本の憲法は第9条で戦争の放棄をはっきりとうたっている。それゆえに平和憲法と呼ばれているが、今、その第9条を変えるべきかどうかで、日本人は揺れている。 憲法第9条には次のように書かれている。 この前文の1は理念をうたったもので異論を持つ者はほとんどいないが、変えようとしているのは主に後半の2の部分だ。日本では長いこと自衛隊を持つことが、合憲かどうかで争われてきた。 そもそも日本国憲法は第二次世界大戦の後、日本に再び軍備を持たせないとの意図を持ってアメリカが作ったものだが、国際情勢の変化やアメリカの変化に伴い、自衛権に関する解釈は変わってきた。 戦後の翌年(1946年)、当時の吉田茂首相は国会で、「いかなる形でも自衛権など認めない方がよい。そもそも近代の戦争は全て自衛の名の下に行われたのであり、自衛戦争などという概念そのものが有害」と答弁した。 しかし、1950年に朝鮮戦争が起きると、日本に駐留していたアメリカ軍が韓国へ出兵したため、日本の治安を維持する目的で警察予備隊が設置された。これが現在の自衛隊へと発展する。 拡大解釈されていく自衛隊の活動範囲 1954年、鳩山内閣は「第9条はわが国が自衛権を持つことを認めている。自衛隊のような自衛のための任務を有し、かつその目的のため必要相当な範囲の実力部隊を設けることは、何ら憲法に違反するものではない」という政府の統一見解を打ち出した。そして、再び軍事国家へ進む恐れを抱いていた日本人も次第に自衛隊を合憲と解釈するようになっていった。 しかし、1991年に湾岸戦争が勃発すると、自衛隊は大きな転機を迎えた。湾岸戦争後、国際貢献の名の下に自衛隊をペルシャ湾に遺棄された機雷の除去を目的に派兵した。当時の海部俊樹首相は「憲法の禁止する海外派兵には当たらない」と力説した。1992年には、自衛隊は国連平和維持活動(PKO)協力法に基づいてカンボジアへ。「武力行使と一体とならないものは憲法上許される」として、外国領土での活動に初めて道を開いた。 その後、自衛隊の活動は対米協力の色彩を強めながら、さらに広がっていく。2003年にはイラク特別法ができ、自衛隊をイラクに派遣した。小泉首相は「自衛隊が活動している地域は非戦闘地域だ」と答弁した。 防衛を日米安保条約に依存し、もっぱら経済大国の道を歩んだ日本は、奇跡的な成功を収め、世界第二位の経済大国にまで上りつめた。第9条改憲論者は日本に自衛権があり自衛隊が合憲であること、また、自衛隊が世界平和の維持に貢献できるようにはっきりと記載すべきだと主張する。一方、維持論者は現在の日本の憲法は世界に冠たる平和憲法であり、人類の理想と主張している。 すでに日本の軍事費はアメリカについで世界第2位となっている。もはや、自衛隊の限界を超えているとの見方もある。しかし、核兵器を所持していると最近発表した北朝鮮の脅威に対し、改憲して日米安保義務を果たせるようにすべきという声はかつてないほど高まっている。 |
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