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| 女性をとりこにする美の伝道師 美容家・創作粘土人形作家 高橋 刹子さん イギリスの一冊の本がきっかけに 最初はびんを胴体に見立てて紙粘土をかぶせる単純な方法だったが、高橋さんの美的センスは最初から発揮された。「私が美容師だったことがとても幸いしました。メイクやヘアーの技術が役にたったおかげで、人形を作ることに夢中になり、毎日の楽しみの時間でした」と高橋さん。しかし、人形作りは子供が寝てからなので、夜中や、時には明け方まで続いた。 人形作りが80体ほどになったとき、主婦の友社で開かれたある講演会に、高橋さんは無意識のうちに人形をかかえて行った。講演会の帰りに階段を下りて行くと、ざわめくような声がした。好奇心をもった高橋さんが近くにいた人に尋ねると、偶然にも、次の日にがん基金支援の手工芸作家展が開かれ、そうそうたる手工芸作家が出展するという。また、三笠宮妃殿下も来賓するとのことだった。部長を紹介してもらった高橋さんはとっさに、自分の作品を出品させて欲しいと売り込んだ。高橋さんが持っていた作品を見た部長は、その場でOKを出した。 一夜にして創作粘土人形作家に 高橋さんの人形に魅せられた女性たちから人形を作りたいという声がたくさん寄せられるようになった。その声に応えるために、創作粘土人形の会「ラ・バンボーラ」(イタリア語で人形の意味)を誕生させた。1980年のことだ。最初は7名からのスタートだったが、生徒は次第に増えていった。現在は500教室ほどに上る。その後、念願だったラ・バンボーラの個展を松屋銀座で開き、創立10周年の第一回には1万8千人、15周年の第二回には3万人の入場者を記録し、大成功を収めた。 女性相手の仕事を通じて人生の表情が顔に出ることを肌で感じていた高橋さんは、さまざまな表情を持つ民族に次第に興味を抱き、ある年にイエメンを訪れた。そこは、トイレさえもない貧しい国だった。しかし、厳しい環境の中で生きる人々のたくましさ、エネルギーに圧倒された高橋さんは、それらを題材にして、かわいらしさ、美しさではない、大地に生きることをテーマにした新たな作風を生み出した。 人形作りから化粧品作りへ 高橋さんは、これまでを振り返り、「美容の経験も、人形作りも、化粧品作りも、すべて女性の美への追及と思っています。私が経験したことすべてが役立っています。一方では、出会いも、別れも、喜びも、苦しみも、物事の怖さも体験してきました」。高橋さんからは、一貫して女性の美を追求する美容家の姿勢、妥協しないものづくりへのこだわり、そして、人生の酸いも甘いも知り尽くした大人の女性の魅力が伝わってくる。
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