| 日本をもっと知る - 歴史 | |
| 初代将軍の兄に追討された天才戦略家 源 義経 日本の歴史を変えた大きな転換期が4度あった。時代をさかのぼって説明すると、まずは60年前の第二次世界大戦、19世紀後半に起きた明治維新(朝廷と幕府の争い)、16世紀後半の戦国時代(日本統一への覇権争い)、そして、12世紀の源平の戦い。日本の歴史小説やドラマはこれらを題材にして作られることが極めて多い。 NHKで一年間に渡り毎週一回放送される歴史ドラマ番組があるが、2005年は源平の戦いのヒーロー、源義経(1159〜1190)の物語である。義経は、日本で最初の将軍となり、鎌倉に幕府を開いた源頼朝とは異母兄弟で、天才戦略家といわれた。 12世紀の日本は天皇を中心に公家たちが政治を治めていたが、武士が台頭した時期でもある。その武士集団の中で大きな勢力を築き上げたのが、源氏と平家。そして、この二つの勢力が争い平家が勝利した。負けた源氏一族は断罪された。源氏の大将の子である義経と二人の兄弟は母親の常盤御前と共に捕われた。将来の戦いの火種となる恐れのある息子たちは処刑されるのが当時の慣わしだが、美貌の母親、常盤御前は必死に平家の大将、平清盛に命乞いをした。常盤御前が平清盛の妾になることで、子供たちの命は助けられた。そして義経はお寺に預けられることとなり、頼朝は伊豆へ島流しとなった。 その後、平清盛は娘を天皇に嫁がせるなどして、日本の政治を牛耳り、「平家にあらずば、人にあらず」というほど、平家一門はわが世の春を享受した。しかし、時は流れ、このような平家の横暴に反旗をひるがえす武士が多くなり、成長した源頼朝は平家打倒に立ち上がった。ここに、駆けつけてきたのが弟の義経。喜んだ兄は、義経を平家打倒の源氏の大将に任命した。このとき清盛はすでに亡くなっていた。 ここに日本史に残る源平の戦いが始まった。源平の「源」は源、「平」は平家を現す。つまり、源氏と平家の戦いを意味する。天下を二分するこの戦いに、平家は赤旗、源氏は白旗で戦った。この伝統は今日まで続いている。スポーツの行事などで二つのグループが戦うときは、赤組と白組に分かれて戦うことが多い。 ジンギス・ハーンとなった義経? 一転して犯罪者となった義経は、16歳から世話になった、奥州(現在の東北)に一大勢力を持つ藤原一族を頼り、本拠地の平泉に逃走した。最初は快くかくまってくれたが、頼朝との戦いを恐れた一族は源氏が迫ってくると、義経を襲い、頼朝に忠誠を誓った。義経は自害し、31歳の短い生涯に幕を閉じた。 日本人はこの悲劇のヒーローに深い同情を寄せている。「判官びいき」という言葉が今でも使われているが、「判官」とは義経の官位のこと。義経の方、つまり、弱い方を応援するという意味だ。 一方、義経は奥州から脱出し、同時代に一大帝国を築いたモンゴルの英雄、ジンギス・ハーンになったという奇想天外な説もある。モンゴル軍が後に日本を襲い、鎌倉幕府を揺るがす大事件が二度も起きた事実をもとに創作されたものであろうが、日本人が義経に寄せる心情は今も引き継がれている。 |
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