日本をより理解するための傑作記事(ひらがなタイムズ誌面より)
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東京で経験を積む才能あるタレント

意外な優勝で突然スポットライトを浴びる
アメリカ人のジェイソン・ハンコックさんが最初に日本にやってきたのは19歳の時で、後に外国人タレント業界に入り、テレビに出演したり、Hiragana Times の表紙(2004年2月号)に登場することになるとは全く考えていなかった。

北海道で2年間、教会のボランティアをしながら、ジェイソンさんは障害をもつ子供たちの世話をしたり、お年寄りの手助けをしたり、英語を教えたり、日本語を学んだり、さまざまな経験をした。彼の語学学習は大きく報われることになった。大学を卒業するためにアメリカに帰国した後、2000年に日本に戻ったが、毎年NHKと外務省が主催する第42回外国人による日本語弁論大会全国大会に応募し、優勝したのである。

こっけいで、抜け目がなく、自信に満ちたジェイソンさんの経歴には活気がみえる。「いつ見ても波乱万丈」の再現ドラマで最初の役をこなした後、ジェイソンさんは、テレビコマーシャル、バラエティショーに出演したり、歌ったり、モデルをしたり、二つの大劇団に出演したりした。

何が一番やりたいのだろうか。「舞台の仕事をしたい」とハンコックさんは情熱的に言う。「日本で他のタレントとは違うタレントになりたい。テレビにただ登場するだけのタレントではなく、それ以上になりたい。タレントでもある俳優になりたいんです」。

ジェイソンさんはこのように日本で楽しい生活や仕事をしていたので、何が楽しかったかを言うのはむずかしいと言う。「私はたくさんの面白いショーや撮影を経験しました」とジェイソンさん。「東京スクールオブミュージック渋谷で毎年行われる「大川先生」役に選ばれたことは楽しかったことの一つですね。昨年まではその役にプロの俳優を選ぶのが恒例でしたが、その役に学生の私が選ばれたのは学校始まって以来の出来事です」。

全国生放送で大恥
「最悪の悲劇を説明するのは、今でも心が痛みます」とジェイソンさんは恥ずかしそうに言う。「それはとても悲惨でした。バラエティショーへの出演を依頼された私は、渥美清が演じた、日本でとても有名な寅さんの役を頼まれました。寅さんは下町言葉で、とても早く話します。台本を渡されたのは2日前で、見る時間がなかったのです。やってみると、まるでロシア版シェイクスピアのようで、ショックでした。台本を覚えていないとディレクターに言うと、キューカードを見られるようにするからと言われました。でも、ショーが始まる直前、彼らの気が変わり、『キューカードは使わない』と言い出しました。私は唖然としました」。

「私はどうしたらいいのだろうか? ショーは始まり、音楽がかかりました。私はステージに出て、最初のせりふを言いましたが、間違ってしまいました。生放送中にですよ。言い直しましたが、また、間違ってしまいました。頭は完全に真っ白になりましたが、視聴者は笑いこけました。本当に恥ずかしかったです。こんなバカなことを生の全国放送でやってしまったのです。そのテープを今見ても、私はみじめになります」と彼は笑いながら言う。

そのショーは午前1時半に放映されました。テレビでの私のみじめな演技を友達が誰も見ていなければいいと思いながら、スタジオを出ると、携帯電話に友達から5、6件の着信履歴やEメールがあったんです。北海道に住んでいる5、6人の友達が見ていたんです。深夜を過ぎてテレビを見ながら彼らは何をしていたんだろうか?」と彼は笑う。

日本の外国人タレント業界で仕事を探す一番良い方法は? いくつかのエージェンシーに登録し、連絡をまめにすることですね」とジェイソンさんはアドバイスする。「エキストラや役をくれるエージェンシーはたくさんあります。私の一番のアドバイスは、エキストラをただするだけじゃなく、エキストラ(人と違ったこと)をすることですね」。

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