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| 海外のミュージシャンを、 プロモーションする バッファローレコード この数年間にフジロックフェスティバルへ行ったことがあるなら、ダグラス・アルソップとバッファローレコードがプロモーションしたアーティストを目にしたことがあるだろう。落ち着いた雰囲気の鎌倉を拠点として、2000年に設立されたバッファローレコードは、主に日本のライセンス契約をし、リリースするレコードレーベルだ。また、プロモーターと共にアーティストを日本に呼び寄せ、フジロックのようなフェスティバルやコンサートツアーに出演させる仕事もしている。 バッファローは独立系アメリカンルーツ音楽に特化し、それはジャム・バンド、ジャグ・バンド、アコースティック・スイングからブルース、シンガーソング・ライター、ニューオーリンズ・ファンク、ブラス・バンドまである。今までに日本の聴衆にストリング・チーズ・インシデント、アサイラム・ストリート・スパンカーズ、ジャネット・クライン、ホット・クラブ・オブ・カウタウンなど、数々のアーティストを紹介してきた。 では、バッファローレコードはどのように始まったのだろうか。「私はタワーレコードの主要店舗のバイヤー(ブルースやカントリー担当)に会いましたが、そこで分かったことは、彼らはアメリカの音楽雑誌に載っているCDを注文したいのだが、それができないということです。その理由は、アメリカでも通常のCD流通経路では入ってこないからです」と、バッファローの創設者、ダグラス・アルソップさんは説明する。「そこで、私は少しだけ輸入しました。約6ヶ月後、レーベルを立ち上げる価値が十分にあると感じました」。 ダグラスさんが昼間の仕事を辞めるまで2年かかった。しかし創立から8年後、バッファローレコードには主に自主販売や小さなアメリカのレコード会社のアーティストたちがたくさん名を連ねている。さらにたくさんのミュージシャンの日本公演を成功させた。ダグラスさんにとってのハイライトは、2004年のアサイラム・ストリート・スパンカーズの日本ツアーだ。10都市で10公演行われたが、ほとんどの会場で完売した。 しかしながら、すべてがうまくいったわけではない。バッファローレコード創立期の頃、ダグラスさんが直面した大きな困難は、彼のアーティストたちにチャンスを与えてくれる店を探すことだった。「私はバイヤーたちに聴いてもらいましたが、『うーん、個人的には好きだけど、売れないよ』と言われました。しかし、徐々にですが私が選んだCDを試しに売ってくれるバイヤーが見つかりました。彼らは思ったよりも売れることに気づきました」と、彼は説明する。 現在、バッファローレコードは強い顧客基盤を持っているが、音楽産業全体ではCDの売上げは減少している。「売上げの低下により、お店はメガヒットを期待できないCDには興味を示さなくなりました」と、ダグラスさんは状況を説明する。 しかし、これらの問題にもかかわらず、ダグラスさんはバッファローレコードの将来については楽天的だ。そして、もっと多くのアーティストを日本へ呼びたいと思っている。「よりたくさんの人がより多くのバンドのライブを見たら、私たちが手がけるバンドもジャンルも、もっと人気が出ると確信しています」。
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