| 国際結婚情報 | |
| ディズニーランドで出逢いに失敗した後に…… フィリップさん&千栄美さん ニュージーランド人のフィリップさんは1990年に初めて日本へ働きに、また勉強のためにやって来た。「長野のスキーリゾート、車山のペンションで働いていましたが、そのシーズンが終わるとき、外国人の同僚たちと諏訪に住んでいる友達の家で開かれたパーティへ行きました。東京ディズニーランドで働く前日のことでした」と思い浮かべる。 当時英会話学校で働いていた千栄美さんも、そこに来ていて、二人はおしゃべりをはじめ、それは夜遅くまで続いた。「彼女は連絡先を教えてくれましたが、今のようにEメールが発達していない時代です。私の場所が落ち着くまで、彼女からは連絡がとれない状態でした」とフィリップさん。千栄美さんに数週間連絡を取らなかった彼は、自分がどれほど彼女の心に入り込んでいたか気づいていなかった。彼女はフィリップさんを捜すため長野からディズニーランドへやって来たのだ。 「運悪く、私は舞台裏にいたので彼女は見つけることができなかったのです」と、フィリップさんは説明する。「それから、全くの偶然で次の日彼女に電話をしたんです。私を捜すためにはるばるやって来たと聞き、吹っ飛びました」。二人の恋は次第にみのり始めた。 1997年に結婚して以来、二人が直面した大きな問題は、フィリップさんと千栄美さんが自分たちの英会話学校を設立したことだと、フィリップさんは振り返る。「あれはどのビジネスにもあるチャレンジでした。だけど、一番大きなチャレンジは、仕事と家庭の両立でした」と、多忙な二児の父親となったフィリップさんは話す。 「つまり、仕事場にベビーベッドを持ち込み、交互に働きながら、その間片方は子供の世話や、それに関する仕事をするということです。こんなこともありました。二番目の子供が生まれて10日後、千栄美と私はある会社に呼ばれ、学校の説明をすることになりました。しかし、彼女がスーツを着るにはきつくコルセットをしなければなりませんでした」。 他の大きな問題は、やりくりすることだった。「3ヶ所に学校を作り、12人のスタッフを雇って事業を広げてきましたが、14年以上も続く不景気を誰も予測しませんでした。特に9.11以降はマーケットがとても厳しくなりました。しかし、めげずにがんばり、改善し、柔軟に対処する大切さを知ったことはいい経験です」。 その反面、喜ばしいことは二人の子供の誕生と、美しい諏訪湖が見渡せるところに家を建てるという夢を2006年に実現したことだという。「二人ですべてを計画し、決定していくことは、ときどき確かに重荷になりましたが、その達成感はすばらしく、ストレスの発散になりました」と、千栄美さんは言う。 |
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