| 国際結婚情報 | |
| 15歳の年の差を越え、交換日記で愛を育む エレンさん&裕さん 「神様が本当にいるなら、地球のどこにいても彼はちゃんとまた私を見つけてくれる」。フランス人のエレンさんが初めてその彼、裕さんに出会ったのはパリの大学だった。毎朝同じ道を歩いていたため顔見知りになり、自然と言葉を交わすようになった。そのうち3日も会わないでいると、どうしたのかなと不安に思うほど気になるようになった。 ときは1980年代。当時の流行で、裕さんはヒッピーのような格好をしていた。東洋人は若く見えるためエレンさんは裕さんを2〜3歳くらい年上と思っていた。後に裕さんが「昭和22年生まれ」と言ったのをエレンさんは22歳と勘違い。実際はエレンさんより15歳も年上だったのだが、それを知るのはもっと後のことだった。 大学を卒業すると裕さんは日本へ帰国した。しかし、ひょんなことから二人は再会した。エレンさんが親戚を訪ねてアルジェリアへ行ったところ、通訳の仕事でアルジェリアを訪れていた裕さんが偶然にもエレンさんの親戚が経営する外国人向け宿泊施設に泊まっていたのだ。この出会いが二人を急接近させた。 パリだったらすぐにでも恋人同士になるところだが、アルジェリアはイスラム社会。若い男女が二人きりで会うわけにはいかない。しかも携帯電話もメールもなかった時代だ。二人は交換日記で愛をあたためた。それは二年間続いた。しかし、エレンさんの両親は裕さんとの結婚に反対していた。 「いとこや友人たちは賭けをしていたらしいです。私に駆け落ちするほどの勇気はないと」。しかしエレンさんは結婚を決意。結婚式はエレンさんのいとこや友人、パリに住んでいる裕さんの友人だけを招いて挙げた。「怖くて両親には会いに行きませんでした。親不孝者ですよね」。エレンさんに子供ができ、彼女が幸せだとわかるとようやく両親も認めてくれた。 結婚して初めて日本へやってきたエレンさん。裕さんの家族は二人の結婚に反対ではなかった。外交官や飛行機の乗務員を職業としている人が多かったため、国際的でフランス語が話せる人が何人もいて、コミュニケーションには困らなかった。家族はいい意味でも悪い意味でも外国人扱いしなかった。 一番苦労したことは食べ物だったという。「何を出されても不思議なものに見えました。私は虫が大嫌いなのですが、ぜんまいを見たとき、私にミミズを食べさせようとしているのかと思いました」と流ちょうな日本語で話す。「困るのは日本語の読み書きです。事務的なこと、例えば保険など書類に記入してと言われると今だに大変だ!と思います」。 「日本は、女性がきれいになりたいと思ったら情報はいくらでもあるし、パラダイスね。夜中に一人で地下鉄に乗れる国なんてそうはないでしょう」と、エレンさんは日本生活についてコメントする。幸せな家庭を持ち、現在、川崎にある語学学校の校長先生をしている。 |
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