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彼は彼女を特別な人と直感的に感じた

スチュアート&真理子

時々人生の最良のときは、最悪の経験から見つかるものだ。それを見つけるためには、まわりを探すことだ。しかし、ニュージーランド人のスチュアートさんは2000年11月、カリフォルニア、オークランドのハウス・パーティに参加したが、相手を探していたわけではなかった。そこに、未来の妻となる真理子さんが目に入った。

「前の恋人との苦い思いから立ち直ったばかりで、二度と同じ思いをしたくないと思っていました」とスチュアートさんは言う。しかし、酒を少し飲むと彼は彼女に話しかける決心をした。おしゃべりをした後、二人はお互いに共通点があることにすぐ気づいた。「たとえ私が出会いを求めてパーティに来なかったとしても、新たな関係は黙っていても始まり、あの夜の二人の出会いには何か特別なものがあると、直感的に思いました」と、スチュアートさんは回想する。

真理子さんはビザが切れるので東京へ戻ったが、スチュアートさんはヨーロッパ旅行へ出かけた。しかし、二人はすでに恋に落ちていた。3ヵ月後の2001年7月、スチュアートさんは自分の誕生日の日、東京に住むため日本へやってきた。

二人が日本に移ってから面白い出来事があった。「そのとき私たちはすごく飲んでいて、私はろれつが回らない状態でした。そのとき、彼女は私に聞きたい大切な話があると言い、やさしく尋ねました。『私と結婚してくれない?』。私は攻撃的な口調でこう返答しました。『どうしてそんな質問するの!? こんな話を!? 今!?』。もちろん次の日、自分はばかだと思いました。彼女はひどく落ち込んでいました。あの時はまだ結婚の準備ができていなかったこともありましたが、私の将来は金銭的に恵まれないのではないかと直感で見透していました。それに、あの時は経営者からひどい目にあっていたときでした」。

真理子さんにプロポーズされてから3ヵ月後、スチュアートさんは立場を逆にして、同じ質問をした。彼女はイエスと言った。しかし、それが苦難の始まりだった。スチュアートさんが結婚のプロポーズをしてから2ヵ月後、スチュアートさんが勤めていた会社が、倒産して無一文になってしまったのだ。結婚届に署名してから一週間後、スチュアートさんは6ヵ月間北海道に住み、激流ラフティングのガイドをして生活した。一方真理子さんは東京に住んで働いた。「この仕事の広告を見たとき、以前に同じような仕事をした記憶が蘇ったのです。真理子と別々に生活することは冒険でしたが、後悔はしていません」とスチュアートさん。

真理子さんが直面した大きな問題は、スチュアートさんの定住の手助けだった。「私は2001年4月、日本に移り住みましたが、それはスムーズなものでした。慣れ親しんだ国ですから。数ヵ月後の7月、スチュアートが東京へ移り住んだとき、私は初めて気がつきました。外国人が日本で生活を始め、働くことの困難さを。そして、言うまでもなく、日本文化が彼らにとっていかに融通が利かないかを。私は問題を解決してあげたり、通訳をしてあげたりしましたが、初めはそれが大変なストレスでした」。

このような困難を彼女はどのように克服してきたのか? 「外国人のボーイフレンドや夫を持ち、同じような経験をしている私の友人たちとおしゃべりをします。こんな経験をしているのは私一人ではないという安心感はもちろんのこと、解決するためのアドバイスをもらっています」。

二人は2004年3月、ニュージーランドで結婚式を挙げた。

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