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| ハッピーエンドに導いた6年間の長距離恋愛
「雄一郎と私は1999年サンフランシスコで会いました」と、ドイツ・フランクフルト生まれのアレクシー・ピーボンさんは説明する。「二人とも大学生で一年間英語の勉強をしていました。ドイツを離れる前、友達に、アメリカ人と恋愛しては駄目よと言われました。それは、アメリカがドイツから遠いからです。その代わりに、日本人と恋に落ちてしまいました」。 「そこには各国からの学生がたくさんいて、いろいろな面白い、良い人たちと知り合いになりました」とアレクシーさんは回想する。「雄一郎とも私は友達になり、二人だけの時間をたくさん過ごしました。悲しいときやホームシックになったときなどはいつも話を聞いたり、お互いに助け合ったり、慰めあったりしました。二人は強い絆で結ばれ、離れられなくなったのです」。 語学プログラム終了後、二人はクリスマスと新年(2000ミレニアム年)を一緒にニューヨークで過ごすことにした。「お互いの国へ帰る前の最後のひと時でした。それから6年間、遠距離恋愛をしてきました。毎日電話で声を聞き、大学の休みにはお互い会いに行きました」とアレクシーさん。 「私たちにとって、遠距離恋愛は一つのチャレンジでした。確かに電話だけでのコミュニケーションはとても難しいものでした。誤解したり、眠れない夜を過ごしたり、遠距離だからこの恋は壊れるかもしれないと恐れたり、いろいろありました。幸い、お互いの家族がとても協力的でした。私の両親は初めから私たちを応援してくれましたので、一緒に住むというゴールに向かって努力することができました」。 一つだけ障害が残っていた。どこに住むかを決めることだ。「私は今までずうっとドイツのフランクフルトで家族や友達と過ごしてきましたし、雄一郎も日本の生駒で過ごしてきました。日本の国や文化に強い憧れがありましたが、私が日本に住むことは考えられませんでした。フランクフルトは国際的な都市で、私はいつも自立していました」とアレクシーさん。 日本では生活様式を変えなければならず、日本語ができないので雄一郎さんに頼るほかはない、とアレクシーさんは言う。「彼は将来父親の会社を継ぐので、ドイツに住むことはできないでしょう。去年私は一大決心をしました。日本へ行き、仕事を見つけ、遠距離恋愛に終止符をうち、普通の恋愛を始めようと! ついに私たちはゴールに到達しました。うらやましいと思っていた普通のカップルのように」。 「日本に住むことは私たちにとっては2度目の大きなチャレンジでした。新しい、今までと違う環境になったのですから」とアレクシーさん。「日本は多文化国家ではないので、私はいつも目立ってしまいます。初めはとてもさびしい思いをしました。ヨーロッパ人だからという理由でよそ者になる気持ちは、私にとってはとても大きな負担でした。でも、雄一郎と一緒ですし、日本での友達もできましたので、私はとても幸せで、運がいいと思います。よい仕事も見つかり、ドイツにいるときのようにだんだん人に頼らず一人で生活できるようになりました。昨日、私たちは7回目の恋愛記念日を祝いました。ついに、電話を通してではなく、二人で一緒に祝うことができたのです」。 二人は結婚式のプランを立て始めたが、もう一つ解決しなければならない問題がある。結婚式をドイツでするか、日本でするかだ。――「大丈夫です、解決できます」とアレクシーさんは力強く言った。 |
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