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| 彼は私に会いに毎月アメリカへやってきました
6年前、大阪のジャズクラブのマネージャーだったアメリカ人のダーレン・ベックマンさんは、忙しい土曜日の夜、疲れていたが仕事を終える準備をしていた。突然、ハンサムな見知らぬ人が彼女の目に入った。「私はドアの外に出ようとしていたときでしたので、この男性に話しかけました」と笑いながら思い浮かべる。「バーの女の子みんなが、彼に興味を持ちました。彼は若く、本当にハンサムでした。彼は私のことを気に入っていなかったようですが、私は彼に電話番号を手渡して、友達に会いに行きました。彼からすぐに電話がかかって、飲みに行こうと誘ってきたのです。それが始まりです」。 タイミングは悪くなかった。ダーレンにはすでに彼氏がいて、日本には6年間住んでいたが、6ヵ月後にアメリカへ帰るための準備をしていたところだった。「でも、私はマサが特別にまっすぐな人だと知っていました。私の猫が病気になったとき、彼は車を借り、私を動物病院に連れて行きました。悲しいことに猫は3日後に死んでしまいました。彼は猫を埋葬するのを手伝ってくれ、私を教会に連れて行ってくれました。とても温かい思いやりでした」。 友達やその家族に後ろ髪を引かれる思いで、ダーレンはアメリカに戻った。カップルの2年間に及ぶ遠距離恋愛が始まった。「彼は定期的にアメリカへ来ると約束しましたが、まったく信じていませんでした。ところが、毎月やってきたのです。ラッキーなことに彼は宝石の卸売をしていて、時間が自由にとれたのです。私たちはいつも話していました。また、手紙やEメールを出しました。彼は英語がうまいのですが、私の日本語がカタコトですので大変でした」。 雅之さんがダーレンさんにプロポーズをするためにアメリカへ飛んで行ったが、二人はどこに住むかを決めるのに悩んだ。「私はアメリカでの生活を本当に望んでいました」と彼女は本音を言った。「彼は私の家族にそうすると約束したのです。でも、それは私の家族が望んでいたことなので、彼はそう言ったのだと思います。日本に戻ることはとても気がかりでした。家族、友達、母国、人々を恋しく思いました」。 彼の母親に会うのも大きな出来事だった。「最初マサのお母さんとは大変でした。私のことは気に入ってくれたのですが、息子が外国人と結婚することには快く思っていませんでした。彼女がとても正直な人だったので安心しました。どうして彼女がそのように思うかが分かったので、気に入ってもらえるように一生懸命努力しました。花を買ったり、快適な状態でいられるようにいつも気配りをしたりしました。彼女はとてもおしゃれなので、私はメイクアップや髪の手入れをしてよく見られるように最善を尽くしました。私たちは親しくなり、私のウエディングドレス選びの手伝いまでしてくれるようになりました」。 家では二人で家事を分担するが、二人とも1年半になる息子を溺愛している。一方、コミュニケーションが言い合いのもととなる。「私は彼に依存し、すべての通訳を、また、彼の友達と出かけるときは間に入ってもらっています。これはとても大変なことで、彼がちゃんと言ってくれているのか私にはわからず、とてもじれったいです」。 ダーレンは二人の関係はうまくいっていると信じている。二人は親友で、互いに妥協できるからだ。「私たちはまだアメリカのどこに住むか決めていません」と彼女は笑う。「私は寒いのが嫌いですが、彼は好きです。とこか中間点を見つけなければならないでしょう」。 |
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