| 国際結婚情報 | |
| ファッションを語るとパッションが高まるカップル
オーストラリア人女性のジェニファー・リンさんが、JET(語学指導等を行う外国人青年誘致事業)のインターナショナル・リレーションズ・コーディネーターとして2000年に初めて来日したとき、「国際関係」がいかに大切で、それが自らの生活になろうとは考えてもみなかった。 ジェニファーさんが、日本人の友人たちの紹介で福崎・リー・英隆さんに最初に出会ったのは1996年、大学寮のキッチンだった。彼は日本人の父と中国系マレー人の母に東京で育てられた。ジェニファーさんはその頃、キャンベラのオーストラリア国立大学の学生だった。 一方の英隆さんは、その後に妻となるこの女性についてすでに調べていた。「彼女を紹介されるまえに、ジェニファーがパーティにいることは、遠くから気づいていました」と英隆さん。「実際には、彼女が恋に落ちたのは私ではなく、私の部屋だったと思います。私は浮世絵や、日本やチベットのアンティークで部屋を飾っていたのです。彼女がアジアのアンティークの熱烈なファンとは知りませんでした」。 部屋のインテリアはともかく、二人の恋が始まったのは、図書館で一緒に日本の歴史ビデオを見た、最初のデートのときだった。ジェニファーさんは英隆さんを感動させようと思った。「私はビデオをわかったようなふりを、上手にしていたと思うわ」。その後、二人は植物園へ行った。そこで、ジェニファーさんは彼のオーストラリアの植物の知識を試したが、彼は知らなかった。「ブランドの服について聞くべきだったわ」とジェニファーさんは、くすくす笑う。 日本で生活することを決意したことは大変だったのだろうか?「私は大学を卒業したら日本に来ることをすでに決めていました」とジェニファーさん。「二人が結婚したとき、ヒデは有名な日本人ファッション・デザイナー、三宅一生のセールス・アシスタントとして東京で働いていました」。 いままでカップルの問題は、誤解と考えの相違によることが多かった。「たとえば、私は食事の後は少し休みたいと思いますが、ジェニファーはすぐに洗うことが好きなんです。二人は妥協して、一緒に洗ったり、片付けたりしています」と英隆さん。 これらの問題を解決する案は二人にあるのだろうか?「最近は、二人の言い合いを喧嘩と取らないことにしました」とジェニファーさんは説明する。「私たちは、『調整』を選びましたよ。少し冗談でもあるのですが、うまくいくんです」と英隆さん。「単純に喧嘩する代わりに、最近は話し合っています。互いにできるだけ気持ちよく感じられるように、ルールや家事の分担を決めています」。家でどんな問題が起ころうと、人前ではよく見られるように努力している。それが、驚くほどうまくいっているという。 上品に着こなす二人は、「リムリー」を経営している。東京を本拠にしているユニークなファッション会社だ。アジアとヨーロッパの要素を取り入れ、女性の洗練された仕事着を仕立ている。彼らにとって良い点は、二人の間にファッション業界に一石を投じているリムリーがあることだ。英隆さんは2004年の後半にニューヨークでファッション・コレクションを成功させ、最近、東京の高級地区、青山にブティックを開店させた。 良い点について尋ねると「私たちは、ビジネスではすごく緊密です。時にはストレスもありますが、お互いに報われますからね」とジェニファーさん。悪い点については、「二人が芸術家タイプであることから、すべてにおいて意見が多すぎ、熱くなる議論に発展する傾向があります。言い合いのほとんどは誤解に基づくことが多いのですが、時には語学や文化によることもあります」。 英隆さんは、国際結婚の一番良い面はユニークな関係そのものだという。「同じ民族同士のカップルが、異なる国籍同士よりも互いに理解し合っているかはわかりません。国際カップルは言語や文化の違いがあるので、互いに理解するように一生懸命努力していると言えます。そのため、このようなカップルの愛情はユニークに展開すると思います」。 |
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