| 国際結婚情報 | |
| 数千の流れ星が降る夜に導かれた愛
1998 年の夏の2 週間、イギリスから日本へ初めてやってきたジョンさんは、JET プログラムに応募する決意をし、1999 年の夏に日本に戻ってきた。3年間栃木県の北部に位置する小さな山村、栗山に住んだ後、ジョンさんはスノーボードのとりこになった。「2002 年の2 月、私はスノーボードをする女性を招きましたが、彼女は数名の女性を連れてきました」と、ジョンさんは現在の妻に出会ったいきさつを話す。「その中にみゆきがいたのです。一日中スノーボードをし、とても楽しいひと時を過ごしました」。 「グループは11 月に再会しました。足利のワインフェスティバルに行き、ライブミュージックを聴きながらぶどうの木の下でワインをすすったり、ボーリングをしたり、映画を見たりして過ごしました」。その夜はロマンスに完璧な設定だった。「映画の後に、みゆきと彼女の友達と共に公園に行き、夜空を見つめたのです。木星流星群が見られるからです。信じがたい数千の流れ星が降る夜でした。夜空の下で手を握り合い、畏敬の念で眺めました」。 その日から二人のデートは始まった。みゆきさんはジョンさんと付き合い始めたとき、彼には「両親に会うのは少し時間がかかる」と言った。みゆきさんがジョンさんの両親に初めて会ったのは、2002 年の4 月に来日した際の花見のときだった。「外国人にとってガールフレンドを家族に紹介することはたいした問題ではありません。だから、それについては深く考えていなかった。でも、日本人にとっては外国人より、はるかに大きな行為だと思います。みゆきは早い段階で家族に紹介してくれましたが、父親は別でした。彼女が決断するまでに6 ヶ月かかりました」。 「やはり、父に会った時には、ジョンも緊張していましたが、ビールを飲み気分もよくなってくるとスポーツ談義が始まりました。二人の仲が急速に良くなったのは二人の共通の趣味であるゴルフに出かけるようになってからです。スコアがほぼ同じくらいの二人はいいライバルです。お父さんと同じ趣味を持つことは国際カップルにとって家族と仲良くなる秘訣だと思います」とみゆきさんは説明する。 現在英語教師をしているジョンさんは、2 年半後、バレンタインデーにみゆきさんにプロポーズした。2004 年6 月、二人はみゆきさんの職場である板倉町役場に婚姻届を出した。「実際は、みゆきが前もってほとんどの書類に記入しておき、私の印鑑を押しました。それがなんだかほとんどわからないまま結婚したのです」とジョンさん。2005 年2 月、イギリスのレスターにある800 年の歴史を持つ教会で二人は結婚式をあげ、続いて、翌月の始めに日本で結婚披露宴をした。 「ほとんど争うことはありませんが、争うときはいつもお金、ドライブのルート、家事のことですね。みゆきは典型的な日本人で、彼女のサラリーのおよそ3 分の2 を貯めようとします。ところが、私の財布からはより多く出て行く傾向があります。ドライブしていると、彼女は私に速すぎると叫びます。私は日本人であるのに日本の交通標識がわからない彼女をどなります」 「日本人はお互いの友達を紹介しない人が多いですが、ジョンは自分の行くところにはいつも私を連れていってくれます。お互いの友達を知っているので、彼がどんな友達がいてどんな付き合いをしているかが分かり、自分も彼らと友達になることができるので、隠し事もなく心配するようなことはありません」とみゆきさんは説明する。 「『国際カップル』が問題と思わないでください。違っていることもありますが、多くのものが同じです」とジョンさん。「お互い一人の人間として、基本的な考え方は一緒だと思うので、あまり外国人だから考え方が違うと思わない方がいいです」と、みゆきさんは付け加えた。 |
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