■国際結婚情報
国際結婚情報
パラダイス―隣の家に住む女の子と結婚
ニュージーランド人のサイモンさんが1995年のある夕方に始めて明美さんに会ったとき、オーストラリア、ゴールドコーストの魅力的なサーファース・パラダイスで明美さんの隣の家に住んでいた。「私の誕生日パーティを派手にしていましたが、明美と同じアパートに住む僕の友達が明美と一緒にやって来たんです」とサイモンさん。「明美は早く帰りましたが、その後に門を壊してパーティにくる一団があり、大げんかとなりました。けたたましい音とフラッシュライトの車10台で警官がやって来たときには、僕は通りにこぼれ出ていました」とサイモンさんは思い浮かべる。「翌朝、僕は大家に家を追い出されました。それで、明美と同じアパートに住む友達が、彼のアパートに来るようにすすめたんです。その後、明美と僕は恋人関係になりました」。
「僕たちはお互いの両親に何度も会いました。両方の親と本当にうまくいっています」と明美さん。彼女の両親が最初にサイモンさんのことを聞いたとき、若すぎると言ったが、彼に会った後は、「すべてうまくいきました」とサイモンさん。彼女との間に6歳の年齢差があるという。「私の両親は日本に2度来ました。また、彼女の両親はニュージーランドへ1度行きました。相手の両親との関係で問題を抱えている多くの人を知っていますが、僕らはとても幸せだったと思います」。
1999年のニュージーランドでの結婚式は大イベントだった。「私達の友達みんなが初めて集まり、ほんとーーーに楽しかったわ」と明美さんはほほ笑む。「結婚式のプランが一番の悩みでした。日本からやって来る40名ほどの明美ファミリーの飛行機、ニュージーランドでの宿泊も含めて、僕らはこのすべてのイベントを仕切らなければならなかったんです。ほんとに頭が痛かったですが、やり遂げました」とサイモンさんはきっぱりと言った。
国際カップルは珍しい体験を楽しませてくれる
二人が日本に住む決意をした背景にはサイモンさんの仕事が重要な要素を占めていた。「僕は数年前まではプロのスケートボーダーだったんです。僕が乗っていたスケボー会社が、製品のプロモーションを日本で試みるために僕にその機会を与えてくれました。それが僕達のすべての問題を解決してくれました」。日本に最初に帰ってきたのは明美さんで、サイモンさんが来る間の3ヵ月は別々だった。「そのときは大変でした」とサイモンは思い出す。「相手がどこにいるのか、お互いに何をしているのかわかりません。電話での英語は顔を突き合せて話すより、ずっと難しいんです」。二人は日本の方がたくさんお金を稼げると確信している。また、夫婦と子供のために強力なベースを築けるすばらしい場所と考えている。
国際カップルにとって友達は共通の問題だ。「僕にはニュージーランドで会った日本人の友達が日本にたくさんいましたが、明美はニュージーランドに知り合いがいなかったんです」と、どちらに住むか迷っていたときについて、サイモンさんはこう言った。それが、日本に住むことになった大きな理由となった。
夫婦が一番うれしかったことは、2003年の10月に長女のアリヤが生まれたことだ。「病院が僕を同じ部屋に入れてくれるかとても心配でした。運良く、そうしてくれました。でも何を言われているか何もわからずただ隅っこに座っているだけの男でした」と彼は笑う。
国際カップルで一番大切なことは文化の混合だと二人は信じている。「同じ文化の間ではありえないたくさんのものを見たり、体験したりできるのです。すべての輝きを取り去った後に、日本とニュージーランドが実際にどんなものなのか学べるのです。二つの場所をホームと呼べることもすばらしい」とサイモンさん。





