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私の両親は彼にいい印象を持っていなかった

コネチカット州出身のアメリカ人ですが、1996年にマンハッタンに住み、ベルリッツのロックフェラーセンターで働いていました。そこで、英語を教えていて、夫と出会ったのです。彼は2年間ニューヨークにいて、日本地方自治センターに勤務していました。

その一年の間、私たちはデートを重ねて同居しました。1997年の春、夫がついに(気が進まなかった)日本への転勤をしなければならなくなり、二人にとっては悲しい一時でした。彼は留まりたかったのですが、職も滞在資格もありませんでした。

いずれにしても私には二人を支える職はなかったので、私が日本へ行き日本がどんなものか見てみたほうがよいという結論となりました。1998年の暮れに結婚書類を提出するまでの一年半のほとんどをツーリストビザで行き来しました。

1999 年の秋、日本式の結婚式を盛大に行いました。夫は結婚する前に何度か私の両親に会いましたが、いくつかの理由があり、最良の印象を与えることができないままでした。一つ目は彼が恥ずかしがりやであること、二つ目は彼が話す英語です。彼の理解力は優れていますが、本当に流暢というわけではなく、上手に表現することに問題があります。両親に会ったあるときは、彼のアメリカ旅行が短く、彼は時差ぼけで、人を引きつける社交的な状態ではありませんでした。

私が引っ越してしまうことに私の母はあまり賛成ではなかったので、その理由をあげ一人反対しました。両親が結婚式にやってきたとき、彼は時差ぼけではありませんでした。それで、ずっといい印象を与えることができ母親を納得させました。 I was a bit worried about Japanese in-laws 日本の義父母には少し心配でした。

夫の両親はおそらく私がアメリカに戻ることを希望し、日本に住むことができないと心配したはずです。息子が結婚するのを見て本当に幸せに感じたと思います。二人は私をとても歓迎してくれ、思いやりがあります。

2000 年、娘のアーミー・イザベラが誕生し、私は専業ママになりました。娘が英語の読み書き、話し方を上手に学ぶこと、アメリカ人としての強い自覚をもつことは私にとってはとても大切です。今は彼女に英語のみを教えています。彼女が他の子と遊ぶとき、あるいは学校へ通うとき以外は日本語を学びません。これは、同居していない義理の両親にとって、この時点で彼女が一言語しか学んでいないことは辛いことだと思います。

でも、私たちがアーミーに英語を今教えると決めたことに対して義父母は文句を言わないようです。また、他の子育て法についても干渉せず私たちにまかせているようです。横柄で、義理の娘に負担をかけるという日本の義父母には少し心配でしたが、私には当てはまりません。ときどき私の母親が義父母のように口うるさくなかったらと思います。

娘が英語を流暢に話せることはとても重要なので、娘が学校へ行く頃にはアメリカに戻るか、さもなければインターナショナルスクールに娘を送れる立場になりたいです。私は2001年に外国人妻クラブのホームページを立ち上げました。少し孤独を感じ、国際、つまりバイカルチャーの結婚をしている、自分の国から離れて生活している女性と会う必要があると思ったからです。

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